シングルマザーの平山亜紀は、小6の息子・小太郎を女手ひとつで育てながら結婚アドバイザーとして働いている。
クレーマー気質の顧客に悩まされながらも懸命に働くが、息子のことでも悩みを抱えていた。
クラスの女児が行方不明になったり、担任が急に休職したり、普段は大人しい息子が時々突発的に暴力的になったりと、心配なことが多いのだ。
また、自宅に何者からかの無言電話がたびたびかかってくることも気がかりだった。
一方、小太郎のクラスの新担任となった長谷川は、行方不明になった女児の両親に辟易していた。
彼らはまるでモンスターペアレンツのように学校を責め立て、理不尽な要求を突き付けてくるのだった。
ある日長谷川は、クラス委員長の倉持から、行方不明事件の犯人は転入生の母親かもしれないと聞かされる。
しかしその直後、倉持は何者かに襲われ、意識不明の状態に。
なぜこうも、このクラスでばかり不穏な事件が連続して起こるのか。
一連の出来事に繋がりがあるのだとすると、犯人は一体誰で、何が目的なのか。
ミステリー作家・染井 為人の初のホラーサスペンス!
誰もが怪しく得体が知れない
『黒い糸』は、旭ヶ丘小学校の6年2組で立て続けに起こる事件の謎を解き明かしていくというホラーサスペンスです。
次から次へと襲ってくる不可解な現象にたびたびゾクッとさせられて、その一方で謎を追うドキドキ感も楽しめる、一気読み必至の作品です。
見どころは、主人公二人の周囲の人々が、ことごとく胡散臭くて疑わしいところ!
まず亜紀の元夫ですが、突発的に怒り狂って暴力を振るうDV男です。
息子の小太郎もそのケがあって、クラスで暴力騒ぎを起こすことがしばしば。
また亜紀の顧客の藤子は、ファッションが薄気味悪い上、見合い相手に断られたことを亜紀のせいにして、身勝手なクレームをつけてきます。
亜紀の後輩・謙臣も、寺の息子であり一見優しい男性なのですが、裏に何か別の顔がありそうで嫌な感じ。
そしてもう一人の主人公・長谷川の周囲も怪しい人だらけで、まず失踪した女児の両親は、学校に責任と無理難題とを押し付けてくるモンペ。
転校生の日向は、複雑で謎の多い家庭環境にあり、学級委員の倉持は面倒見の良い子ですが、日向の母親を失踪の犯人と疑っています。
このように主人公たちの周囲の人物は、みんな心に何かを抱えているような感じなのです。
こんな状況下で、陰湿な嫌がらせや児童襲撃などの事件が次から次へと起こるため、主人公たちはどんどん疲弊していきます。
周りの全てが敵に見えてきて、正常な判断ができなくなり、そのせいで状況がますます悪くなっていくのですね。
この負の連鎖がとてもリアルに描かれていて、得体の知れない人々や出来事に苛まれ続ける恐怖が、読者にもジワジワと伝染してきます。
読めば読むほど血の気が引いていき、ビクビクしながらの読書を楽しめるのです。
歪んだ社会の歪んだ人々
『黒い糸』は、サスペンスとしての怖さが満ち満ちているだけでなく、現代社会の闇がさりげなく描かれているところも特徴です。
たとえば亜紀が勤めている結婚相談所には、47歳の未婚の男性会員がいるのですが、本人は無気力なのに、母親ばかりが焦って結婚を催促しています。
しかも息子の条件の悪さを理解しておらず、結婚相手を高望みしていますし、父親は父親で、面倒事は母親に全て丸投げにしています。
また、ある31歳の女性会員は、整形モリモリの顔で、結婚相手の条件は大卒で年収1千万以上。
他にも、バスで赤ちゃんが泣きだした時、老人が母親に怒鳴りつけたり、その老人を今度は中年女性が叱りつけて激しい口論になったり。
いずれも、今時の社会ではありがちなことですが、よく考えるとなんだか歪んだ感じですよね。
こういった「社会でよくある異常な光景」が、『黒い糸』では随所に描かれているのです。
主人公の亜紀が、元夫のDV気質が息子に受け継がれているかもしれないと危惧する様子も、長谷川がモンペに辟易する様子も、そのひとつ。
これらの社会のリアルな異常性が、作品全体にダークな雰囲気をジワジワと与え、怖さをアップさせていくのです。
そして後半になると、黒幕の正体がだんだんと見えてくるのですが、これもまさに社会に溶け込んでいる闇で、もうめちゃめちゃ怖い!
社会にはこんなのが平然と存在していて、ニコニコ笑っているのだと思うと、人付き合いをすることさえ嫌になるレベル。
社会が少しずつ狂わせていった歯車が、大きくなると一体どのような災いをもたらすのか、その連鎖の果ては、ぜひご自身で読んでみてください!
新たな染井ワールドを楽しめる作品
『黒い糸』は、ミステリー作家・染井 為人さん初のホラーサスペンス作品です。
今回染井さんが新たなジャンルにチャレンジしたきっかけは、染井さんが以前受賞した「横溝正史ミステリ大賞」が、第39回から「日本ホラー小説大賞」との統合で「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」になったことだそうです。
自分の原点である賞が合体したため、自身の作品でもミステリーとホラーとを掛け合わせてみたのだとか。
なるほど確かに『黒い糸』は、謎あり恐怖ありで、ジャンルが見事に融合しています。
しかもミステリー部分には、染井さんの作風である「人間のダメな部分やドロ沼感」がしっかり描かれていて、かなり染井さんらしいです。
一方ホラー部分も、いわゆるオカルト的な怖さとは違うものの、それを上回るような「人間の悪意」がたっぷり表現されており、「染井さんにとって、これが最も怖い存在なのだろうな」と思わせてくれます。
つまり『黒い糸』は、ミステリー部分にもホラー部分にも、染井さんらしさがギュッと詰まっているということです。
ファンの方にとっては、新鮮かつ期待を裏切らない作品であり、染井さんの作品に初めて触れる方にとっては、染井さんの作風を知るにはもってこいの作品と言えます。
ぜひ手に取って、新たな染井ワールドを楽しんでみてください!
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