東京から4時間ほどの山地、烏裂野(うさきの)。
かつて別荘地として開発する計画が持ち上がったものの、突如計画が中止となった歴史がある、どこか不気味な場所です。
東京の名門大学に在籍する大学生・悠木拓也は、大学院を受験するための勉強に集中できる環境を求め、小説家の叔父に頼みこんで彼の別荘がある烏裂野にやってきました。
勉強に疲れてドライブに出た悠木は、道に飛び出してきた子どもを危うく轢きそうになります。
その後、その少年と瓜二つのもう一人の少年が出てきました。
彼らの名前は、円城寺麻堵(まど)と実矢(みや)。
日本人離れした容姿と肌の色を持つ、美しい兄弟でした。
別荘地で起きる連続殺人!兄弟の秘密とは
擦り傷を負った麻堵を手当てしてから、悠木は二人を家まで送っていきます。
拓也は麻堵が口にした「あっちゃん」という人物について尋ねますが、二人は決して口を開こうとしません。
麻堵たちの父・円城寺隼雄の持つ別荘まで送り届け、たまたま隼雄の帰宅と被った悠木。
隼雄は子どもたちに平手打ちを食らわせ、威圧的な声でる厳しい父親でした。
円城寺家で家庭教師をしている滝川遥佳と知り合った悠木は、滝川から妙な話を聞きます。
滝川の友人で、円城寺家の前の家庭教師だった朝倉かをりが遺体となって発見された事件。
その朝倉の髪が、何者かによって不自然に切り取られていたというのです。
状況から、円城寺家を不審に思い始めた悠木と滝川。
何らかの精神的ショックによって声を失った麻堵たちの母、円城寺香澄や祖母が烏裂野の別荘にいることを聞きつけて小遣いをせびりに来たいとこの克之とその母雅江など、いわくありげな登場人物が次々に登場します。
滝川が円城寺家の別荘で深夜に動く白い影を目撃してから数日後、克之が行方不明に。
克之を捜索しているうちに、別荘内で雅江が転落死。
その後克之の遺体も発見されますが、克之の遺体からは眼球が、雅江の遺体からは爪がなくなっていました。
二人を惨殺した犯人は?
そして、円城寺家の人々が全く語ろうとしない「あっちゃん」とはいったい何者なのか…。
おぞましさに身震いしながらもページをめくる手が止まらない、本格ミステリーです。
兄弟と「あっちゃん」の会話に物語のヒントが?
各章の文頭で、麻堵・実矢兄弟と「あっちゃん」の会話が本文の前に掲載されているのが本書の特徴と言えます。
場面ごとに視点が悠木、滝川、そして「少年」と切り替わる点も非常に興味深いです。
少しずつ視点を切り替えながら、様々な焦点を経て進んでいく物語。
少年視点の時には、物語のヒントとなる事件や出来事が続々と登場します。
また、文頭での兄弟と「あっちゃん」の会話からも、この先何が起こるのかを想像することが可能です。
物語の舞台となる烏裂野の不気味な雰囲気や起きる事件の凄惨さにも圧倒されますが、どこか美しさを覚える文体はさすが綾辻行人さんといったところ。
読者は、氏の巧みな文章力に夢中になることでしょう。
悠木の記憶と「あっちゃん」
物語でもう一つの大きなヒントとなるのが、悠木の記憶です。
有名大学の史学科に在籍する悠木は記憶力や推理力も抜群で、滝川が持ってきた悩みに対して論理的な思考で意見を述べる場面が多々あります。
その一方で、悠木は烏裂野に来た時からずっと12歳の時の記憶が頭から離れずにいるのです。
12歳の時、おそらくここに来ている。
雷雨、古びた教会、白い洋館、雷におびえている少年…。
断片的な記憶はあるものの、点と線がつながらない状態が続きます。
悠木の求めに応じて調査に乗り出してくれた叔父の報告をもとに、だんだんと記憶の点と線がつながっていく悠木。
それが完全につながったとき、見えてくるものとは。
続きは、是非本で確かめてください。
おぞましさと共に迫ってくる悲しさや美しさが印象的なミステリー
作者・綾辻行人さんが1989年に発表し1994年に文庫化された本作が、2021年5月に新装改訂版で登場しました。
物語の中心となる麻堵・実矢兄弟のどこか現実離れした美しさと起こる事件のおぞましさのコントラストが絶妙で、氏の文章力や構成力の高さが印象的な作品です。
子どもの頃の純粋な気持ちや思い描いていた空想などを思い出しつつ、それを奇妙だと感じてしまうときに、自分が大人になったことを自覚します。
本書を読み進めていると、そんな子どもの空想を否定する自分が恥ずかしくなり、もっときちんとその話を楽しむべきだったと感じる瞬間があるでしょう。
子どもの頃に家族や友達から教わった作り話や替え歌は、不思議と大人になっても覚えていますよね。
その頃の記憶を完全に思い出すのは難しいかもしれませんが、楽しかったことや辛かったことが何度も繰り返されて、大人になった今がある。
記憶のピースを探して埋めていく時間を作ることは、実は大人になった現在を生きる上で非常に重要なヒントが詰まっているのかもしれません。
本書を読み終えたとき、忙しくてもそんな時間を作っていきたいなと思いました。
綾辻行人さんの魅力が詰まった、おぞましくて悲しいけれど美しい本格ミステリー。
是非一度、ご一読ください。

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