森博嗣『暗闇・キッス・それだけで』は改めて森ミステリィの面白さを噛みしめる一冊です

森博嗣さんの『暗闇・キッス・それだけで』が文庫化しました。

最近、もう「森ミステリィが読める」ってだけで嬉しくて、単行本でも文庫でも読んじゃいます。

 

主人公となるのは、探偵兼ライターの頸城悦夫(くびきえつお)。

葉山書房の編集者であり女優の水谷優衣から、ある外国人大富豪の自伝を書く仕事を依頼され、日本にある豪華な別荘に一週間、滞在することになった(もう事件の匂い)。

そして案の定、頸城が別荘に着いた後に殺人事件が起きてしまう。

 

ってなあらすじ。

シンプルかつ王道ですね。別荘での殺人事件に探偵が出くわす。

でもクローズドサークルではなく、警察も普通に参入します。

目次

シンプルでユーモラスな王道森ミステリィ

 

森さんの推理小説ってのは定期的に読みたくなるもので、今回改めて読んでみて「ああ、やっぱり森ミステリィはいいなあ」と思わされました。

トリックが強烈!だとか衝撃のどんでん返しとか、そんなことはどうでもよくて、登場人物のさりげない会話に抜群のセンスを感じ、ウットリするために読むような小説です。

洋館で殺人事件が起きるという悲劇を、ユーモラスな文章で描き、サラサラ楽しく読まされてしまう。おどろおどろしさなんて微塵も感じさせない。

森さんのミステリィは、やはりこうでなくっちゃ。

今作においても森ミステリィらしさは変わらずで、トリックもそんなにインパクトがあるものじゃない。だからいい。そういうのを求めて読む作品じゃないから。

 

やっていることは王道なんですよ。館で殺人事件が起きて、偶然居合わせた主人公探偵が事件の謎を追っていく、って絵に描いたような推理小説じゃないですか。

でも一定のゆるい感じのまま最後まで進められていって、最後に一発。

なんどもいうけど、森ミステリィは読んでいて心地がいいんだよなあ。もう事件も犯人もどうでも良いじゃない、なんて思っちゃう。

とにかく森さんの文章を楽しみましょう。浸りましょう、森ワールドに。

久しぶりに王道の森ミステリィ読んでみようかなあ、なんて方にベストの一冊です。

 

なんてこと言ってますが、実際は伏線も綺麗に張られているし、犯人もわからないんですけどね……( ゚∀゚)

好きなシーン

二時間近く、彼女と二人だけで話をしていた。途切れ途切れの世間話だった。不思議だなと僕は思った。こんな場所へ来て、大富豪の豪邸の一室で二人は盛装で向き合って座っているのだ。しかも、窓の外には、殺人事件で警官が大勢集まっている。部屋の天井が高いわね、と彼女が言って、僕はそれをわざわざ見上げてから、そうだね、と返す。

そんななんでもない、馬鹿みたいな会話だった。

常々思うところだけれど、幸せというのは、つまりは、転んだあとに立ち上がって、ああ、怪我がなくて良かった、とほっとするときに感じるものなのだ。

P.87より引用

森さんの作品には「生きていく中で大切なもの」みたいな、忘れてしまっていた大事なことを思い出させる描写がよく登場するんですよね。

私はすごい安心するし、元気をもらえるんだ。

推理小説を読みたいからというより、森さんの文章に出会いたいために読んでいる部分がほとんどです。

 

「座っていい?」

「たぶん」

「たぶんって?」真里亞が笑顔になる。

「さっきまで、そこに刑事さんが座っていたから、たぶん、君が座っても、壊れたりはしないと思う、という意味」

真里亞は口を閉じたが、目が笑っていた。僕が保障した椅子に、彼女は腰掛けた。

P.157より引用

こういうユーモアをサラッと言える人ってどのくらいいるのでしょう。

考えつきそうで考えつかない絶妙なセリフです。

もし私が思いついて言ったとしても完全に痛い奴だと思われるので、「誰が言うか」が一番大事なんでしょうけど。

 

「殺人事件があって、大勢の人が働いているのに、僕たちは気楽なものだね」

「それは、あの方たちの仕事でしょう?うーん、頸城さんは、お仕事は?」

「うん。順調だよ」

「そう……。私、仕事ってしたことがないの」

「バイトも?」

「ええ、一度もない」

「そう、それは素晴らしい」

「え? どうして?」

「仕事なんか、しない方が良い。人間として、その方が素晴らしい」

「そうなの? 仕事をしてみたいなって、いつも思うんだけれど」

「したら、がっかりすることの方が多いと思う」

「そうかしら」

「お父さんが、しなくても良いって言うんだね?」

「そんなふうじゃなくて、するなって命令されてる感じ」

「それは、なかなか立派なお父さんだと思う」

「びっくり、そんなこと言う人、頸城さんが初めて。そうかなぁ……。私の友達は、みんな、仕事はした方が良いって言うわ」

「まあ、そういう意見もあるね。人それぞれだよ。どっちでも良い。大したことじゃない」

P161.P162より引用

森さんは数ある作品の中で、「仕事」に対しての考察を登場人物に言わせているシーンが多くみられます。

これが、どうしてか、深く突き刺さっちゃうんですねえ。

私も森作品を読んできた中で、「仕事」に対する考え方に大いに影響を受けてきました。

仕事に悩みを抱えているなら、森さんの『「やりがいのある仕事」という幻想 (朝日新書)』という書籍を一度読んでみることをおすすめします。

順番に読むべき?

話がそれてしまいましたが、実は今作、1作目『ゾラ・一撃・さようなら (集英社文庫)』に続く2作目なんです。

じゃあゾラから読んだ方がいいの?ってわけなんですが、いきなり『暗闇・キッス・それだけで』を読んでも問題なく楽しめます。登場人物が同じなだけで、ストーリーの繋がりはほぼありません。

でもシリーズものって1作目から順番に読みたいんだよねー、という方は順番に読みましょう。

1作目『ゾラ・一撃・さようなら』もとても面白い森ミステリィです。森さんの作品が好きなら読んで損はありません。

私はこのために『ゾラ・一撃・さようなら』を読み直してきましたからね。

おわりに

というわけで、『暗闇・キッス・それだけで』が文庫化したので読んでみて!という話でした。

いまさらですが、なんとこの記事では事件の詳細やトリックについては一切触れていないことに気がつきました。

探偵がいて、別荘で殺人事件が起きますよ、くらいしか説明していないのです。でもそれで十分でしょう。

だって他に魅力的な部分がいっぱいありすぎるんですもん!紹介しきれないよ!

というわけで、事件の詳しい内容についてはぜひ本書を読んでお楽しみください。

森ミステリィとしての面白さは保障します。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

コメント

コメント一覧 (2件)

  • こんにちは★
    書き込むのはおひさしぶりになってしまいましたm(_ _)m←ブログはいつも拝見させていただいてます★

    大好きな森さんの作品が紹介されてて、ウキウキして書き込みしちゃいました(笑)

    森さん、ミステリーも好きなんですが、私も、会話が大好きで★
    会話の仕方が普通とすこしずれてるのに、なぜ、こんなにピッタリくるんだろう、っていつも思います(笑)

    (すべてがFになる)のタバコの話とか。
    ←私が森さんをはじめて読んだ作品で、そこから何かに囚われたように読んでます(笑)

    私、この、会話術に出会いたくて、森さんの作品を繰り返し読んでしまいます(笑)

    まだまだ寒いので、身体にお気を付けて、良い読書ライフを!(もちろん、日常も。)

    • Kiriyanさんこんにちは!
      いつもブログを見ていただけているとのことでありがとうございます(´∀`*)
      そうなんですよー!森さんの作品は会話のセンスが抜群にカッコいいんですよね。なんなんでしょアレ。
      一般の人が言ったらイタいようなセリフも、森さんの登場人物が言うと凄くセンス良く感じちゃうんですよね。
      私も森さんの作品はミステリも好きですが、主に登場人物の会話を楽しむために読んでいます。笑
      いやー本当のまだ寒いですよねえ。Kiriyanさんも体調を崩さぬよう、お気をつけて読書ライフを満喫してください!

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