シャーリイ・ジャクスンの名作『くじ』が収められた傑作短編集が、2016年についに文庫化しました(私の持っているのは単行本ですが)。
つまりこの機会に読みましょう、という事です。運命がそう言っています。
シャーリイ・ジャクスンの短編って、衝撃的なオチとかまさかの展開とか、そういうものを楽しむものではないんですよ。
なんというか「ただただ嫌な物語に浸る」って感じなんです。これがどういう事なのか、というのをぜひ味わっていただきたいんですよ。
じゃあどういう物語なのよ?ということで、今回は『おふくろの味』という短編を一つ見てみましょう(*´∀`*)
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『おふくろの味』注意!ネタバレあり!
※思いっきり結末までネタバレしますので、申し訳ないですが見たくない方は飛ばしてください(*_ _)
とあるアパートで一人暮らしをしているデーヴィッドは、住んでいる部屋を自分好みに手入れすることが大好きでした。
この部屋にたいする彼なりの表現は、”チャーミング”だった。いつの場合も黄色と茶色を偏愛してきた彼は、自らデスクと書棚とサイドボードを好みの色に塗り、さらに壁までも自分で塗ったうえ、町じゅうを探しまわって、心に思い描いているのとぴったりの、ツイードふうの褐色のカーテンを手に入れた。
P48「おふくろの味」より
他にも絨毯やソファベッドのカラー、植木鉢や食器など、とーってもこだわった部屋を作り上げているんです。
まさに自分だけの「城」ですね。この気持ちはとてもわかります。
で、このアパートにはマーシャという女性が住んでおり、たまにデーヴィッドの部屋で夕食を共にする仲でした。
マーシャはデーヴィッドと違い、自分の部屋になんのこだわりもなく片付けもおろそかで、新聞紙や洗濯物が散らばった汚い部屋に住んでいます。
ある日。いつものようにマーシャを部屋に招き、こだわりの食器と美味しい料理でもてなし、特製チェリーパイまで提供して楽しんでいました。
するとアパートの呼び鈴が鳴り、鍵を開けてみるとマーシャの同僚らしいハリスという男性が現れました。
彼は「ちょっと寄ってみようかと思っただけなんだ」と言っていましたが、マーシャはまるで自分の部屋のようにハリスをデーヴィッドの部屋に招き入れ、自分が作ったかのように特製チェリーパイをハリスに提供します。
ハリスはすっかり腰を落ち着かせ、マーシャとイチャイチャし始めました。まるでデーヴィッドを邪魔者扱いするように。ここは本当はデーヴィッドの部屋なのに。
しかしデーヴィッドが言えたのは「どうやらぼくはおいとましたほうがよさそうだ」の一言。
デーヴィッドはマーシャに「ありがとう、素晴らしいディナーだった」と言い、自分の部屋を出て行きます。
そしてデーヴィッドが向かったのは、汚く散らかったマーシャの部屋。隣からは楽しそうな笑い声。彼は自分の快適な部屋を思い出しながら、散らばった新聞紙を広い始めた……。
という物語です。
これです。このイヤーな感じがシャーリイ・ジャクスンです。なんとなくわかっていただけたでしょうか。
デーヴィッドは大好きな自分の部屋をマーシャに利用され、最終的にマーシャの部屋ということにして自分は部屋を出ていくんです。で、マーシャはその部屋で他の男性とイチャイチャ。
笑っちゃうくらい、ただのひどい話です。
このくらいの絶妙な「日常に潜む悪意」や「黒い感情」を描くのが本当にお上手で、なぜかクセになってしまうんですよ。
名作『くじ』は伊達じゃない。

例えば名作と名高い『くじ』も、ただのいやなお話です。
どんな物語かと言いますと、村の人々が一つの場所に集まって皆で「くじ」を引く、というただそれだけの話です。
なぜくじを引くの?とかそんな理由は置いといてください。毎年恒例の行事なんです。そういうモノなのです。
とにかく気になるのは「くじを引いたあと何が行われるのか」ということ。一気読みします。
で、読んだ後に思うんです。
なんだこれ!って。
「狂気」が詰まっているんですよ。
私自身、何が楽しくてこのような物語を読むのかわかりません。でもねー読んでしまうんですよねー。ただイヤな出来事を客観的に見て「うわー」と思いたいんです。なんなのでしょうか。
他にも面白い作品がいっぱい!
部屋の物が少しづつ盗まれている事に気がついたエミリーは、下の部屋に住むアレン夫人が犯人だと確信を得る。
ある日、アレン夫人が外出した隙に部屋に忍びこみ、証拠を見つけ出そうそしたエミリーでしたが……。
という『血統裁判』もかなり好き。
アゴが腫れ上がるほど歯が痛むため、バスに乗ってニューヨークまで治療にいく女性のお話『歯』も良い。現実と非現実の歪みがたまらんのですよ。
ただ歯医者に行くだけのお話ですからね。それがなぜこんな面白くなるのか。
後は『もちろん』とか『塩の柱』とか『大きな靴の男たち』とか。まあとにかくシャーリイ・ジャクスンらしさが詰まっているんです。
最初にも述べましたが、どんでん返しとかそういうモノを楽しむ作品ではないですからね。
「ただただ嫌な物語に浸る」んですよ。
読んでいただければすぐにお分りいただけるでしょう。そしてハマっちゃうでしょう。
シャーリイ・ジャクスンは『ずっとお城で暮らしてる』や『丘の屋敷』などの長編も素晴らしいですが、短編には短編にしかない良さがあります。ぜひ一度お手にとってみてください。