血液学の権威・村山鼓堂博士が何者かに殺害された。
警察が捜査するが、この事件には不可解な点があまりにも多かった。
まず現場の状況から、博士がどこか他所で殺された上で、自宅の庭まで運ばれてきたという点。
なぜ殺した相手をわざわざ自宅に届ける必要があったのか。
次に、博士が所持していた鞄の内側が、外側よりも血で濡れていた点。
外側なら博士の血がついたと考えられるが、なぜ内側なのか。
そして鞄の中には英文の手紙らしき紙が入っていたが、これも奇妙だった。
赤黒い血でベッタリと濡れており、しかも文章は途中で途切れていて、続きがありそうなのだ。
警察の捜査は遅々として進まず、博士の親族は蓮野という頭脳明晰な元泥棒に依頼することにした。
彼の捜査で事件のポイントは少しずつ見えてきたが、新たな問題も浮上してきた。
容疑者として挙げられた4名が、やけに捜査に協力的な上、自分を犯人扱いしてほしいと言わんばかりの態度で接してくるのだ。
一体彼らは何を目論んでいるのか、そして村上博士の殺害の真相は……?
第60回メフィスト賞を受賞した本格ミステリー!
不自然な現場、裏のありそうな人選
『絞首商會』は、大正時代半ばの東京を舞台とした推理小説です。
謎が随所に散りばめられており、かなり頭をひねりながら読ませてくれる本格派。
どのような謎かというと、まずは被害者である村上博士の遺体が移動させられていたり、鞄の外側よりも内側が血で濡れていたり、書きかけの半端な手紙が1枚だけ残されていたりと、現場の状況だけでも不自然なことだらけ。
そして凶器も不可解で、血まみれの状態でブリキ缶に入れられ、現場から離れた場所で発見されます。
凶器といったら普通、証拠を残さないために血を洗い流したり破棄したりするはずなのに、犯人はなぜか血をベッタリつけたまま缶に入れて持ち運んだのです。
一体何が目的だったのでしょうか?
そして読み手は、もうひとつ強烈な疑問にぶち当たることになります。
それは、博士の親族が捜査を依頼した探偵が、蓮野という「元泥棒」だという点です。
泥棒といえば、かのアルセーヌ・ルパンといい、怪人二十面相といい、知的で鋭敏でカッコいいイメージがありますよね。
なので元泥棒を探偵として採用すること自体は理解できます(しかも蓮野は美形ですし!)。
でもこの蓮野という泥棒、実はかつて村上博士の家に盗みに入ったことがあるのですよ。
村上家としては到底信用できない相手でしょうに、よりによって博士の殺害という一大事で頼るなんて、あまりに不自然で、明らかに何か裏がありそうですよね。
その謎が、読み手の推理脳を刺激するのです。
このように『絞首商會』は、謎が多くて考えがいがある作品です。
泥棒が探偵役を担うというところも、どこかロマンがあってワクワクしますね!
謎の秘密結社と犯人になりたがる人々
蓮野はさすが頭脳明晰なだけあって、警察よりもずっとスムーズに、グイグイと捜査を進めていきます。
でもだからこそ新たに出てくる謎もあって、そのひとつが「絞首商會」という秘密結社の存在。
タイトルにもなっていることからわかるように、この結社は物語の核となるものであり、戦争や犯罪に関わるキナ臭い組織です。
蓮野の調べによると、村上博士はどうもこの怪しい結社と繋がりがあったようです。
どのような繋がりなのか、博士の殺害がどう絡んでくるのか、気になるところですね!
そしてさらに怪しいのが、博士殺害の容疑者4人の態度。
博士の親族の水上婦人、博士の義弟の宇津木、友人の生島、会社員の白城の4人なのですが、この人たち、なぜか妙に事件の捜査に積極的なのです。
なんだか、無理やりにでも事件を解決させたい感じ。
また、容疑者なら普通は「自分は犯人ではない」とアピールするはずなのに、4人は正反対で、「自分こそが犯人です」的なアピールをしてくる始末。
それぞれが犯人になりたがっている感があるのですよね。
捜査に協力してくれるのは有り難いけれど、怪しすぎます。
このように『絞首商會』は、本当にもう次から次へと謎や疑問が出てくるので、読みながら頭を休める暇がなく、ミステリー好きの方であればワクワクしっぱなしで読めます。
加えて、謎が多いということは、解答もそれだけ多いということ。
後半になると、秘密結社の内情や容疑者4人の思惑が見えてきて、そこから謎の答えがまるでドミノ倒しのように連続して明らかになるのですが、その時の快感と言ったらもう!
怒涛の答え合わせの過程はこの上なく楽しく、「これぞミステリーの醍醐味!」という気分で一気に読破できますよ。
謎の多さもキャラクターも魅力的
『絞首商會』は、作家の夕木春央さんのデビュー作です。
「面白ければ何でもアリ!」と言われるメフィスト賞の受賞作だけあって、とにかく畳みかけてくる謎や答えの数々が心地よく、最後まで楽しませてくれる作品です。
また、楽しいのは推理だけでなく、キャラクターの個性や関わり合いも魅力的。
どのキャラクターも良い味を出しているのですが、とりわけ印象的なのは、探偵役の蓮野と、助手的な役割を担う画家の井口でしょう。
蓮野は探偵役を嫌々引き受けており、情報収集も自分ではあまり行わず、人任せにしています。
でも頭の回転がすごく速いので、自ら現場に赴かなくても色々なことをズバズバと言い当てるのですよ。
その様子が名探偵ホームズを彷彿とさせて、なんともカッコいい!
実は相当な人間嫌いであり、それゆえに泥棒として生きていたというエピソードもあり、そこも興味深いですね。
それに対して井口は、さしずめワトソン役といったところでしょうか。
蓮野に代わって情報収集をするために、あちこちに足を運んで潜入し、嘘をつき、危険な目に遭うこともあり、とにかく苦労人です。
でも彼がいてこそ捜査が進むので、井口こそが本書の立役者とも言えます。
蓮野との掛け合いも、なんだかすっとぼけていて楽しいです。
このように『絞首商會』は、謎の多さが魅力ですが、キャラクターの個性もキラリと光っており、読み手を退屈させない作品になっています。
ちょっとクセになるような面白味があるので、ぜひ読んでみてください!
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