人類は、あと2ヶ月余りで滅亡することになった。
直径7kmを超える小惑星テロスが、地球に衝突すると判明したのだ。
世界中がパニックに陥り、特に衝突地点と予測されている日本の九州地方からはほとんどの人々が逃げ出した。
生き延びる可能性は皆無だが、それでもわずかな希望に賭けて、少しでも遠くに離れておこうというのだ。
絶望して自殺する人も少なくなかった。
そんな中、ハルは福岡県で自動車教習を受けていた。
どうしても車を運転して叶えたい夢があったから…。
しかしある日、教習車のトランクに全身メッタ刺しの他殺死体が入っていることに気付いた。
滅亡が確定しているこの状況で、一体誰がどんな理由で殺人を犯したのか。
ハルは、教官のイサガワと一緒にその謎を追うが―。
退廃した世の中で現れる人間のエゴ
『此の世の果ての殺人』はタイトル通り、世界が終わろうとしている時に起こった殺人事件を描いた物語です。
作中ではあと67日で小惑星が衝突して人類が滅亡すると決まっており、人々はあてもなく逃げまどうか、悲観して自ら死を選ぶかどちらか、という状況です。
冒頭でいきなり、主人公のハルが乗る教習車に首吊り死体が落ちてきて、フロントガラスに激突するというショッキングな出来事が起こるのですが、これも自殺者。
ハルが見上げると、林の奥で他に何十人もが首を吊っており、この様子から世界がいかに絶望的であるかが伝わってきます。
このような世の中で、なぜか唐突に連続殺人事件が起こるので、ハルはもちろん読み手もビックリ!
放っておいても、どうせ人類は滅亡するわけですよ。
それなのにわざわざ人を殺して回る理由が、一体どこにあるのか。
その謎を、ハルと教習所の教官イサガワ(実は元警察官!)が一緒に捜査する、というのが『此の世の果ての殺人』の主な流れです。
見どころは、退廃した世の中の様子です。
ライフラインが止まり、食べ物はお店から奪われ、警察もろくに機能していないので街は無法地帯。
病院はありますが、そこに集まる高齢者たちは置き去りにされた者ばかり。
「どうせ終わる世界なのだから」と本性や欲を丸出しにする人も多く、人間のエゴについて考えさせられます。
そのような中で犯人探しをすることの難しさと言ったら!
しかも聞き込みなどの情報収集だけでなく、検死をして遺体の胃袋の中からヒントを見つけたりと、捜査内容はかなりハードです。
一般的なミステリーであれば普通の捜査でも、終末の世界で行われていると思うと息の詰まるような緊張感や焦燥感が付きまとい、読んでいてハラハラします。
そういう意味で『此の世の果ての殺人』は、普段とは違う視点から楽しめるミステリー作品と言えます。
終わってしまうからこその、強い思い
『此の世の果ての殺人』は、ヒューマンドラマとしても秀逸な作品です。
ハルとイサガワは犯人探しの旅をするのですが、その道中で出会う人々との交流がとても素敵で胸に染み入るのです。
人にはそれぞれ歴史や思い出、将来への希望がありますが、それらは全てもうすぐ世界とともに消滅してしまいます。
でもだからと言って、今すぐ心の中から消せるかと言えばそうでもなく。
だから人々は熱く語るし、思いを馳せるし、今やれそうなことは出来る限りやっておこうとします。
その情熱がなんとも切なく、美しく、これこそが「生を謳歌すること」なのではないかと思わせてくれます。
それは主人公のハルも同じで、ハルには大事な夢があって、この終末の世で教習所通いをしていました。
免許を取得しても、すぐに無意味になるのはわかりきっています。
それでもハルは諦められず、強い思いを胸に目的に向かって進み続けるのです。
ハルのその目的は、終盤になってから明かされます。
読んだ瞬間、もう涙腺が大崩壊!
ハルがなぜ運転にこだわっていたのか、もうすぐ終わる世界だからこそ絶対に果たさなければならなかったということが、痛いほど伝わってきます。
もし自分だったら、世界が終わる瞬間に何をしていたいか。
考えれば考えるほど、ハルの気持ちにシンクロして泣けてきてしまいます。
結局、最終的に地球は滅亡してしまうので、そういう意味では最低最悪のバッドエンドかもしれません。
でも物語としては、本当に清々しく感動に満ち溢れた素晴しい結末です。
このこみ上げてくる熱い思い、ぜひ実際に読んで感じてください!
史上最年少での江戸川乱歩賞受賞作品
『此の世の果ての殺人』は、第68回江戸川乱歩賞の受賞作です。
満場一致で受賞が決まったそうで、いかに優れた作品であるかがわかります。
選考委員(綾辻行人さんや新井素子さんなど超有名な作家さんたち!)からのコメントも、
「本格ミステリーの骨法もよく心得ている」
「極限状況で生きてゆくひとが、愛しくなる」
と絶賛の嵐です。
しかも作者の荒木あかねさんは、発表時に23才であり、乱歩賞ではなんと史上最年少!
ミステリーとしての面白味に加え、ヒューマンドラマとしての感動、読み手の心に残す強い思いなどなど、23歳とは思えないほど卓越した手腕を感じます。
まさに彗星のごとく現れた新人と言えますね。
これから先、どのような作品を生み出してくれるのか、ご活躍が楽しみです!
ちなみに荒木あかねさんは、この作品を作り上げるにあたって、新井素子さんの『ひとめあなたに…』やベン・H・ウィンタース氏の『地上最後の刑事』にインスパイアされたそうです。
どちらも隕石や小惑星の衝突でもうすぐ滅亡する地球が舞台となっており、終末だからこその人間心理、常軌を逸した事件が鋭く描かれている作品です。
これらも併せて読むことで、『此の世の果ての殺人』をより深く楽しめるようになると思います。
終末モノに興味がおありでしたら、ぜひ手に取ってみてください。
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