『黒牢城』- 米澤穂信が挑む、戦国×ミステリの新王道。

時は天正6年(1578年)、本能寺の変の4年前。

大阪北部に聳える巨城、有岡城を黒田官兵衛が訪れます。

織田に叛旗を翻した城主、荒木村重に、謀反を撤回するよう説得しに行ったのです。

けれども、村重は官兵衛をとらえ、土牢に幽閉してしまいます。

信長勢に包囲された村重が勝利するには毛利の援軍を待つしかないのですが、待てど暮らせど毛利は来ず、村重方は長い籠城生活を強いられます。

そんな城で不可解な事件が発生します。

冬には年若い人質が殺されるという事件。

彼に近づくことができたのは側近5人のみ。人質がいた納戸には出入口が1か所しかなく、その先は雪の積もった庭。雪の上に足跡はない・・・つまり、ある種の密室殺人です。

春には城近くの沼地に突如敵の陣が出現し、村重軍と小競り合いが起きます。

切り落とされた敵の大将の首を調べるうち、それが憎しみに満ちた形相に変化し、人々は仏の罰ではないかと恐れおののきます。

そして夏。村重から明智光秀への密書を携えた僧が殺されました。

村重が突き止めた犯人は、刀に雷を受けて落命します。

しかも、その犯人の死骸のそばには鉄砲の玉。いったい誰がその者を撃とうとしたのでしょうか。

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読者をぐいぐい引っ張る心理ミステリー

いずれの事件でも謎は簡単には解けません。

慧眼の持ち主である村重も、難題に突き当たります。そんなとき、村重が頼るのが黒田官兵衛です。

手足を伸ばすことさえできない暗く湿った牢に囚われているにもかかわらず、官兵衛は村重の説明を聞くとすぐに事件の本質を見抜きます。

村重は官兵衛の自尊心をくすぐりながら知恵を借りようとします。

確かにそれは奏功し、事件解決のヒントを得ることができます。

しかし、官兵衛にはそれを超える思惑があり、いつのまにか村重を操ります。土牢の虜囚が城主を動かしていくのです。

3つの事件と砲撃者をめぐる4つ目の謎が解決し、いよいよ迎えた天正7年秋。籠城1年近く。

有岡城の中では、織田に通じる者がいる気配が濃厚になります。

人々の不安が高まる中、敗色を感じ取った村重は、官兵衛の知恵を求めて土牢に赴きます。

すると、官兵衛は状況を打破する奇策を助言します。村重は、その裏にある官兵衛の思惑に気づきつつも、その策を実行することになります。

お互いの裏の裏を読む心の動きによって事態が動いていくのです。

このように、村重、官兵衛、共に籠城した諸将や家臣たち、妻の千代保(一般に「だしの方」といわれます)などの心の内を読み、ある種のどんでん返しを導いていく心理戦がこの物語の見どころの1つです。

「人の心の綾とはまこと難しきもの」という官兵衛の言葉のとおりです。

【歴史小説としての面白さ】

猛将、荒木村重の謀反と有岡城の戦いや、知略に秀でる黒田官兵衛の軍師としての活躍はよく知られた話です。

歴史好きの読者にはとても魅力的なテーマでしょう。

本書は、史実を生かして書かれていますから、歴史の中でそれぞれの人物がどんな役割を果たし、どんな思いで戦いを進めていったのか、戦国という荒々しい時代がどのように動いて行ったのかを垣間見ることができます。

主君の池田家を乗っ取って頭角を現した村重は、信長に気に入られてその重臣の1人となります。

しかし秀吉軍とともに播州征伐を進める中、突如として信長への離反を表明します。

長い籠城にもよく持ちこたえていましたが、徐々に追い詰められ、やがて単身で有岡城を脱出。

信長の厳しい捜索にもかかわらず何とか逃げおおせました。

そして、秀吉が天下を取った後には茶人として復活するのです。

何という波乱万丈の一生でしょうか。そのハイライトともいえる有岡城での日々は、歴史物語としても読みごたえがあります。

村重の謀反に怒った信長は村重方をことごとく殺戮しました。

女房衆122人が惨殺された話は有名です。今楊貴妃と呼ばれるほどの美女、だしの方の悲劇も涙を誘う物語です。

【設定の妙とリズミカルな文章】

現代のミステリーでは、殺人事件が起きると、真実を明らかにし、犯人を突き止め、相応の罰を与えることが当然です。

「人の命より尊いものはない」というのが、現代人が共有する根源的な価値だからです。

しかし、舞台が戦国時代ならばどうでしょうか。敵を殺すことこそが武士の役割であり、どれだけたくさん殺すかが戦国武将の評価を決めます。

そんな中で、敵方の人質が1人殺されたからといって、犯人を見つけることにどんな意味があるのでしょうか。

米澤穂信さんはこの疑問を巧みに解決しています。

共に籠城する諸将や家臣たちの心理の問題ととらえているのです。

人々のあいだに懐疑心が広がれば戦う気力が削がれます。

団結して苦しい籠城に耐えることができなくなります。仏罰ではないかという恐怖心は投降や密通を誘います。

そのために、村重は、謎が生じたときにはきっちり解決して、人々が疑心暗鬼に陥るのを防ごうとするのです。

籠城という状況を、ミステリー解決の必然性として据えたところに作者の力量が感じられます。

文章の巧みさもこの作品の特筆すべき点の1つです。

重く複雑な背景の中で繰り広げられる物語にもかかわらず、その背景が過不足なく、わかりやすく説明されていますから、歴史好きな人も、歴史の知識を持たない人も、大いに楽しむことができるでしょう。

さらに、リズム感のある文体も魅力です。

叙事詩を読むような趣さえ感じられるのです。学園小説でデビューし、読みやすいミステリーで有名な作家が挑んだ重厚な歴史ミステリー。

ぜひ米澤穂信さんの新境地を満喫してください。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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