大学院生の更科千冬は、「下」に見られたくないという思いから常にトップを独走してきた。
しかし友人の白河真凛は、千冬をあっさりと抜かした。
千冬の成績を超え、千冬の彼氏を奪い、さらには千冬が志望している就職先での推薦枠も得ようとしていた。
勝ち目がないと痛感した千冬は、ひとつの決心をする。
「彼女を殺さなくてはならない」
そして千冬は犯行計画を練り、自殺に見せかけた上で密室状況を作り出すことにした。
ところがその一連の行動を陰で操っている者がいた。
工学部で長く留年しており、夜な夜なロボットを作っているという噂の鬼界(きかい)だった。
鬼界の目的は、人間をロボットと同じように思い通りにコントロールすること。
鬼界は千冬をどう操り、何をさせようというのか――。
表題作『可制御の殺人』をはじめ、『とうに降伏点を過ぎて』『二進数の密室』『戦車と死者』『機械的要素』『非機械的要素』の全6編からなる連作短編集!
人の殺意を操る謎の学生
『可制御の殺人』は、機械工学的な考えがベースとなっている、ちょっと変わったミステリー小説です。
機械工学と言っても、ロボットやマシンは出てきません。
かわりに人間を機械のようにコントロールしようとする人物が登場し、そこが斬新で、読み手の興味を惹きつけます。
その人物の名は鬼界(きかい)。
凄まじい機械オタクの大学院生であり、ろくに学校に来ずに研究に勤しんでいて、誰も顔を見たことがないという得体の知れない人物です。
この鬼界が、機械に指示を「入力」して実行させるのと同じように、人間にも適切な指示を与え、実行させようとしているのです。
要は人間を支配し、操ろうというのですね。
まず鬼界は、第一話であり表題作でもある『可制御の殺人』で、女子大生に人殺しをさせようとします。
よりによって、人殺しですよ。
全く交流のない第三者が、人に殺人を犯させることなんてできるのでしょうか?
普通に考えたら至難の業でしょうけれど、機械工学の超絶オタクである鬼界には、できてしまいます。
これがまた巧妙で、最初のうちは読者には、彼女が自らの意志で殺害計画を練ったようにしか見えません。
でも読み進めているうちに、だんだんと鬼界の影が見えてきて、ゾッとさせられます。
細かな指示が、それとはわからない形で少しずつ与えられて、彼女の心がみるみる殺人モードになっていくのです。
第二話以降も同様であり、各話の主人公がジワジワ操られていく感は、怖いけれど抜群に面白い!
複雑なはずの人間の心情を鬼界がどのように支配していくのか、その様子に読者は、今までのミステリーで味わったことのない興奮を覚えるはずです。
機械工学の理論で人を支配
この作品で特に大きな魅力は、機械工学のいくつもの理論を、人にも当てはめているところです。
たとえばタイトルにもなっている「可制御」ですが、これは本来は「システムの状態を、適切な操作で別の状態にできる特性」のこと。
これが作中では、「人間もひとつのシステムだから、適切な操作でコントロール可能」としてあるのです。
なるほど言われてみれば、誰かを笑わせたり、怒らせたり、焦らせたりといったことは、いずれも人為的なコントロール、つまり「可制御」という気がしますね。
また第二話の章題にある「降伏点」も同様で、こちらは本来は、「金属材料が、与えられた力に負けて元の状態に戻らなくなること」を意味します。
バネを引っ張り続けると、やがて伸びきって戻らなくなるというアレですね。
これも作中でやはり人間に当てはめてあり、「人に加重を与えていると、最初は反発するが、やがて反抗心がなくなる」とされています。
確かに人間って、過酷すぎる状況が長く続いていると、いつかは諦めて無抵抗になりかねないですよね。
このように『可制御の殺人』では、機械工学の専門知識が随所に出てきて、それが人間を支配する理論として使われています。
人を人として見ず、複雑だけど制御可能なシステムと捉えており、そこになんとも言えない背徳感があります。
しかも全6編の各舞台が、大学だったり高校だったり、登場人物も女友達同士だったり部活メンバーだったりして、とても日常的で人間的なのですよ。
だから余計に、鬼界がやろうとしている「人間を機械として操ること」が、非人道的でタブーな行為に見えて、物語として面白く感じられるわけですね。
読者の方が理系であれば、「わかるわかる!」とシンパシーを感じそうですし、理系の方以外だと「うわー、こんな考え方があるんだ!」と衝撃を受けそうです。
いずれにしても、知的好奇心が刺激されまくる充実の読書体験ができます。
異例のデビュー作となった機械工学×ミステリー
『可制御の殺人』は、新鋭作家・松城明さんのデビュー作です。
一般的に小説のデビュー作は、何らかの文学賞の受賞作であることが多いのですが、『可制御の殺人』はちょっと特殊です。
第42回小説推理新人賞最終候補に残りはしたものの、惜しくも受賞を逃し、でもある選考委員の目に留まり、強いプッシュがあって刊行となったそうです。
このまま世に埋もれさせるにはあまりにも惜しい傑作だと評価された、ということですね。
実際『可制御の殺人』は、機械工学×ミステリーという着眼点の新しさといい、人の心をジワジワ操っていく不気味さといい、読み始めたらワクワクが止まらず一気読みしてしまう魅力的な作品です。
また第二話以降は刊行するための書き下ろしだそうですが、全6編の連作短編となったことで、物語にも人物造型にもより深みが増し、ページターナーっぷりにもさらに磨きがかかったと思います。
特に後半に入ると、各話で散りばめられていた伏線が回収され始め、ギョッとする場面も増え、読み手をますます興奮させてくれます。
終盤も、「もしかしたら続編があるのかも?」と思わせる展開で、後を引きます。
松城明さんが今後注目すべき作家であるのは間違いありませんし、まずは異例のデビュー作となった本書『可制御の殺人』をぜひ読んでみてください!
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