ロンドン郊外にあるブラックダウンの森で、女性の死体が発見された。
胸には40ヵ所以上の刺し傷。爪にはマニキュアで「偽善者」と書かれていた。
この不可解な事件を取材するため、現場に向かった記者のアナ。被害者がかつての級友だったと知り、愕然とする。
そして捜査のために同じく現場に向かった警部のジャックも、やはり驚愕する。
被害者はジャックのよく知る人物だったのだ。しかも、事件当日にも会っていた―。
アナとジャック。それぞれが事件を調査する。
しかし同じ事件であるにもかかわらず、双方が語る内容はあちこちが一致しない。
広がる違和感。どちらかが嘘をついているのだろうか。あるいは両方か…。
混乱の中、第二の殺人が起きてしまう。
拡大していく被害に、アナとジャックはどう立ち向かうのか。
三つの視点で事件を追う技巧が面白い
『彼と彼女の衝撃の瞬間』は、イギリスを舞台とした長編ミステリーです。
この本の最大の特徴は、視点が分かれていること。
アナとジャック、それぞれの見方で、交互に物語が進んでいくのです。
読み手は、双方の立場から事件を追っていくことができます。その分、より深く推理しながら読めるでしょう。
そして面白いことに、二人の話は食い違っています。
アナがAと言っていたことが、ジャックのパートではBだったりするわけですね。
アナもジャックも真実をそのままには語らず、何かを隠している感がある。
そのため読者は、何を信じれば良いのか混乱します。「信頼できない語り手」に、翻弄されてしまうのです。
そこがまた、知的好奇心を刺激してくれます。
どれが正しい情報で、どれがフェイクなのか。
鋭く考えながら、読み進めることになります。
これだけでも複雑なのに、途中からなんと、第三の語り手も登場します。
しかもこの語り手、真犯人らしき人物なのです。
犯人自ら事件を語ってくれるなんて、読み手は否が応でもテンションが上がりますよ!
そして語りの内容がまた、絶妙です。
怪しさは随所から伝わってくるのですが、なにせカモフラージュだらけ。
核心を突くようなことは、なかなか言ってくれないのです。
そのため読み手は、「絶対にヒントが隠されているはず!」と、頭をフル回転。
アナとジャックの話も整理しつつ、三方向から解を探っていくことになります。
ここが『彼と彼女の衝撃の瞬間』の醍醐味です。
まるでパズルを解くように楽しめる作品となっています。
謎と真相の大盤振る舞いにエキサイト!
『彼と彼女の衝撃の瞬間』では、次から次へと謎が出てきます。
犯人の正体と目的は?
マニキュアで書かれた「偽善者」の意味は?
アナに一体どんな過去があったのか。
ジャックが隠していることは、何なのか。
中盤では第二の殺人も起こりますし、しかも偽装工作が徹底されていて、謎は深まるばかり。
加えて、作者の巧妙なテクニックで、ちょっとした描写の中にも「おや?」と不可解に感じる部分があったりするのです。
その連続なので、読みながら心はどんどんザワザワしてきます。
このザワつきが、ミステリー好きにはたまらない!どうしたって、細かく探り、深く考えたくなりますよ。
もちろんミステリーなので、謎の数だけ答えがあります。
終盤になるともう、出るわ出るわ。芋づる式に、意外な事実が出続けます。
この真相の大開放もまた快感です。今まで気になっていたことが次々に明らかになっていくので、スッキリ感が半端ない!
「アナにはこんな秘密があったのか!ジャックのあの言葉には、こんな意味が隠されていたのか!」
と、全てのピースが、カチッカチッとはまり続けていきます。
このあたりはもう、ページをめくる手を止められません。
次の真相を求めて、読者はアドレナリン全開で、手も目も頭も動かし続けることになります。
続きが気になって仕方がない。最後まで一気に読まずにはいられない。
『彼と彼女の衝撃の瞬間』には、そんな強い吸引力があります。
至高のミスリードを楽しめる一作
読み手の知的好奇心をどんどん煽り、マックスまで来たら、怒涛の勢いで解消していく。
そんな、激流のようにパワフルなミステリー作品だと思います。
最後のどんでん返しも、また見事!二転三転した上での、度肝を抜かれるような真相ですからね。
特に真犯人の正体については、「そう来たか!やられた!」と膝を打った人も多いのでは?
作者の手中で踊らされ、それに気づいて仰天するという、ミステリーならではのドッキリを楽しめます。
さて、作者のアリス・フィーニーさんですが、近年の英国で大変注目されている女流作家です。
ご自身も作中のアナと同じく、ジャーナリストとして活躍されていたそうです。
つまり彼女の作品は、プロとして鍛え上げられた洞察力によって生み出されているわけですね。
犯行心理はもちろん、捜査の盲点となる部分、世間が事件をどう見るか。
作者は、それらを多角的に分析しながら、ストーリーを作り込んでいるのでしょう。
読者が惑わされるツボを知り尽くし、あの手この手で仕掛けてくる。
だからこそ『彼と彼女の衝撃の瞬間』には、ハラハラドキドキする展開や、あっと驚くような真相が、これほどまでに詰め込まれているのです。
「事実は小説より奇なり」という、かの英国詩人の名言を、地で行く作品と言えるのではないでしょうか。
この本格ミステリー長編、ぜひ手に取って、至高のミスリードを楽しんでください!
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