夫婦として冷え切ってしまっているアダムとアメリア。
関係を見直すためにスコットランドへ旅行に行くが、道中も言い争いばかり。
しかも吹雪に見舞われてしまう。
ようやくたどり着いたチャペルは、古くて真っ暗で、まるでホラー映画のようだった。
引き返そうにも、乗ってきた車は既に雪に埋もれており、動かせそうもない。
やむなく二人はチャペルに入るが、そこで待っていたのは、数々の薄気味の悪い出来事だった。
やがて、アダムとアメリアしかいないと思われたチャペルには、もうひとつ別の存在があることが明らかになり―。
読めば必ず騙される?予測のつかない着地点に驚愕必至のサスペンスミステリー!
信用できないのは語り手だけじゃない
『彼は彼女の顔が見えない』は、吹雪で閉ざされた古いチャペルで翻弄される夫婦の物語です。
夫の名はアダム、映画業界では評判の脚本家です。
妻の名はアメリアで、犬の保護施設で働きつつ、夫の仕事をサポートしています。
この二人は倦怠期で、カウンセラーの勧めで現状打破のために旅行に来たのですが、豪雪の中チャペルに閉じ込められてしまいます。
するとそこで、突然ブレーカーが落ちたり、外から白い顔が覗いていたり、タイヤが切り裂かれていたりと、気味の悪いことが立て続けに起こり……という流れです。
ゴシックホラーのような展開ですが、この作品の本筋はそこではなく、巧妙に隠された真実を見つけることにあります。
というのも、登場人物それぞれが腹に一物を抱えているのですよ。
序盤は夫婦二人の視点を交互に切り替えながら物語が進んでいくのですが、アダムもアメリアも明らかに何かを隠し、何かを企んでいる様子でとにかく怪しい!
いわゆる「信用できない語り手」ですね。
そのため読者は、騙されないよう注意深く読み進めなければなりません。
さらに面白いことに、中盤でもうひとつ視点が加わります。
チャペル内の夫婦二人を密かに監視しており、これがまた怪しさ満点。
なぜここにいて、なぜ監視しているのか、奇妙な現象と何の関係があるのか。
もちろん偶然などであるはずもなく、読者はますます警戒させられます。
さらにさらに、各パートの合間には過去の手紙が挟み込まれます。
毎年の結婚記念日に妻からアダムに宛てた手紙ですが、実際に渡してはいないので日記に近いノリですね。
読めば夫婦の愛やすれ違いの歴史がわかるものの、これがまた怪しくて、どこまで信用して良いのやら。
このように『彼は彼女の顔が見えない』は、信用できない語り手三人に加え、信用できない手紙まで出てくる物語です。
決して「吹雪のクローズドサークルでのホラー」だけで済む話ではないので、細心の注意を払いながら読んでくださいね。
それでもきっと騙されます。そして、そこが良いのです。
隣にいるのは、本当に妻か?
『彼は彼女の顔が見えない』の一番の注目ポイントは、「相貌失認症」によるギミックです。
相貌失認症とは、相手の顔を認識できないという一種の障害。
この障害を持つ人は、視力には問題がないのに、人の顔における情報だけが脳に伝わってこず、目の前にいる人がどのような顔立ちをしているのかはもちろん、どんな表情をしているのかもわかりません。
何年も連れ添っている妻の顔ですら、識別できないのです。
作中ではアダムが相貌失認症であり、これが夫婦関係における問題点になっていると共に、トリックの材料にもなっています。
なにせ顔が分からないのですから、アダムには隣にいるのが本当に自分の妻なのか、判断がつきません。
声や服装などで予測することは可能ですが、それらはある程度の細工なり誤魔化しができますよね。
つまり読者はアダムが語る内容だけでなく、見ていることや聞いていることも疑ってかからなくてはならないわけです。
この目くらましが、ミステリーとしての面白味はもちろんサスペンスとしての怖さも一層アップさせています。
謎が明かされるのは、終盤になってから。
とんでもない大どんでん返しによって、読者は今まで完全に騙されていたことに気付いて唖然とするはず。
「まさか……、でも言われてみると確かに!」と、驚愕すると共にバッチリ合点がいくことになります。
とにかく、最初から普通に受け止めていたことが、当たり前の事実だと思っていたことが、根本からひっくり返されるのですよ。
この衝撃といったらもう、ミステリー好きにはたまらない美酒だと思います!
どんでん返しの女王がまたやってくれた!
『彼は彼女の顔が見えない』の作者・アリス・フィーニーさんは、「どんでん返しの女王」と称される作家さんです。
デビュー作の『ときどき私は嘘をつく』も、二作目の『彼と彼女の衝撃の瞬間』も、どちらも超どんでん返しで読者の度肝を抜いてくれました。
そして三作目となる本書『彼は彼女の顔が見えない』でもやはり、終盤で天地をひっくり返すようなスペシャルどんでん返しが炸裂!
まさに異名通りの作家であり、本書はファンの期待を裏切らない大傑作だと言えます。
また、一度読み終えた後で改めて読み返すと、あちこちに散りばめてあるヒントに気が付けるところも魅力です。
一度目には見過ごしていたわずかな矛盾点がヒントだったりするので、それを捜すのも本書の楽しみ方のひとつだと思います。
さらに、原題の『Rock Paper Scissors』にもヒントが隠されています。
これは直訳すると『石、紙、ハサミ』であり、英語圏のじゃんけんを表しています。
日本のじゃんけんに当てはめると、石はグー、紙はパー、ハサミはチョキですね。
じゃんけんでは、ここぞという時に勝つためには日頃からのちょっとしたテクニック(たとえば相手のクセを分析しておいたり、自分のクセをわざと見せておいたりといったこと)が必要ですよね。
そういう駆け引きが、実はこの物語の中では、ひっそりと行われているのですよ。
駆け引きという水面下での戦い、これを意識しながら読むと、本書をさらに楽しめることでしょう。
コメント
コメント一覧 (3件)
記事の更新、いつもありがとうございます!
アリス・フィーニー、どんでん返しがすごいと最近知ったところでした!
anpo39さんが個人的に一番驚きが大きいと思ったのはどの作品でしょうか?
その作品から読み始めたいと思っています。
やはり本作が一番でしょうか?
やんもさんこんにちは!
記事を読んでいただきありがとうございます♪
そうですね……。
悩ましいところではありますが、やはりこの『彼は彼女の顔が見えない』の方が驚きが大きかったですね。
次に『彼と彼女の衝撃の瞬間』ですかね。
できれば両方読んでいただいた方が良いと思います!
どちらも驚きが大きい作品なので。
参考にしたいただければ幸いです!
お返事ありがとうございます!
両方とも買って読んでみようと思います。
ありがとうございました!