吉川英梨『感染捜査』- 東京五輪目前に起きたパンデミックを描く傑作アクションノベル

お台場の飲食店で発見されたのは複数の惨殺遺体。

目撃者である生存者の話によると、客が次々とお互いを襲い、さらには食べたというのだ。

にわかに信じがたい話であるが、同じ頃別の場所でも同様の事件が発生する。

事件が起こったのは豪華客船クイーン・マム号。

そして判明した事件の原因は新種のウイルス感染だった―。

東京五輪を目前に控え、客船は硫黄島近海に隔離。

そこに乗っていたのは乗客、医療チーム、そして警察官と海上保安官選抜者から構成された「感染捜査隊」である。

東京湾岸警察署に勤める天城由羽巡査長は、海上保安官SSTという特殊部隊の切れ者である来栖光とタッグを組み事件に挑むが・・・?

果たしてウィルスパニックに打ち勝つことができるのであろうか―。

目次

時代を反映させた衝撃作

東京オリンピック開催間近、突如発生した新種のウイルスに立ち向かう警察官、海上保安官、さらに医療従事者が描かれています。

このことから多くの人がわかるように、東京オリンピック開催を前に新型コロナウイルスに苦しむ今の世界が非常に巧妙に物語に落とし込まれています。

今作ではウイルスの感染者はゾンビのようになり、次々に人を食い殺していきます。

新型コロナウイルスの症状や感染率の高さは恐ろしいですが、それでも今作に登場する新種のウイルスよりはマシではないか?と思わせるほど残忍な食人描写が続きます。

サスペンス小説、警察小説だと思って読み始めると、耐性のない方なら目をそらしたくなるシーンもたくさんありました。

次々と感染する人々を前に非感染者はどのような対応をすべきなのか、感染者に対してどんな措置を取るべきなのか…。

クラスターの発生など、今の現実にも当てはまる状況に、フィクションでありながら手に汗を握ってしまいます。

今もまだ新型コロナウイルスに打ち勝ったとは言えない状況が続く中、この小説に強く共感する方も多いでしょう。

こんな世界だからこそ生まれた作品ですので、ぜひ今読んでほしい一冊です。

ただの「ゾンビもの」ではない奥深さ

感染者たちの症状から新型コロナウイルスではなく海外映画や国内の漫画などでよくある「ゾンビもの」も連想されます。

ですが今作はただゾンビに恐怖し混乱する人々を描くパニック系の作品ではありません。

敵は新種ウイルスだけではなく、法律や人権、世論などたくさんあります。

本来は尊くなによりも強いものとして描かれる家族愛や仲間意識も、ウイルスの前に儚く散っていきます。

人間を襲うようになった感染者もまた同じ人間であり、映画のように簡単に殺すわけにはいきません。

医師や警察官、海上保安官から選抜された「感染捜査隊」は感染者への対応と生存者の保護、そして新種のウイルスに打ち勝つ方法を探すように上層部から指示されます。

その指示内容には理不尽なものも多く、現場の状況を鑑みずに会議室から命令ばかりする管理職の愚かさも描かれています。

組織はどうあるべきか、人の上に立つ人はどんな存在であるべきかを問う内容も色濃くなっています。

このことから、人をまとめる仕事をしている方、会社経営者、企業の役員などのポストに就いている方も読むことをおすすめします。

ビジネス書や自己啓発本からは学ぶことのできない新たな発見があることでしょう。

吉川ファン必見の本格警察小説

作者の吉川氏はこれまでにもたくさん警察をメインに描く小説を発表してきました。

女性秘匿捜査官原麻希シリーズや新東京水上警察シリーズ、警視庁53教場シリーズなどが有名です。

さまざまな難事件に巻き込まれる主人公たちの活躍を描くだけでなく警察組織の在り方についても切り込む内容のものが多く、徹底的に調べられた上で練られた設定やプロット、ラストはいずれも高く評価されています。

今作でも刑事と海上保安庁のエリートがタッグを組み大活躍してくれます。

登場人物たちの考えがぶつかったり、一つの目的を目指して意気投合したり、熱い展開を楽しむこともできるでしょう。

仲間や家族を守るために最前線に立つ人々は何を思い、どんな行動をするのか、さらに自分がこの状況に置かれたら登場人物たちのような勇気ある行動を取ることができるのか…。

「主人公たちがかっこいい」だけで終わらない、今だからこそ深く考えなければならない問題がたくさん提示されていす。

吉川氏の作品を読んだことがない方でも入り込みやすい内容ですので、この機会にぜひ手に取ってみてください。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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