ノンフィクションとルポルタージュの違いはご存知でしょうか。
辞書でひきますと、ノンフィクションとは史実や記録に基づいた文章や映像などの創作作品であり、ルポルタージュとは新聞や雑誌、放送などにおける現地からの報告のことです。
それを踏まえて、今回紹介いたします『彼女がエスパーだったころ』は、ルポルタージュかのようなSF連作短編集です。
矛盾する言葉だということをおわかりいただけますでしょうか。
本作は掲題作含めて全6編になります。
各々、おおよそ40ページからなる物語です。そこで語られるのは驚くべき設定の物語ばかりです。
火を扱えるようになった猿の話「百匹目の火神」や、脳をピンポイントで破壊できるメスで、人格(暴力性)を変えることのできる手術をする話「ムイシュキンの脳髄」などがあります。
物語の語り部は『わたし』というフリーライターで統一されています。
『わたし』が取材した記事のような形をしていて、わたしの感情というのはあまり描かれておらず、淡々と取材した内容が綴られていきます。
『彼女がエスパーだったころ』は前回紹介いたしました『超動く家にて』とはまた趣の異なる物語となっております。
明るくコミカル!というよりも、考えさせられる深みある物語といえるのではないでしょうか。
今回は6編の中でも掲題作『彼女がエスパーだったころ』と『水神計画』についてご紹介していきます。
『彼女がエスパーだったころ』「スプーンなんて曲がらなければよかった」──超能力を持った女性の悲劇
及川千晴は超能力を現代的にアップデートした人物と呼ばれていました。
大量のスプーンを曲げては放る動画を公開したところ、その技術と器量の無駄遣いが人心を打ち、エスパー界のゆるキャラの地位が確立されたのでした。
そんな中、千晴はとある男と結婚をします。超常現象の懐疑派として知られた、物理学者の秋槻善郎でした。
しかし、千晴の不在時にマンションの非常階段から秋槻が墜死してしまいます。
千晴の生活は荒廃して、「スプーンではなく人生を曲げたエスパーだ」とウェブメディアに晒されてしまいます。
『わたし』は千晴に対する記事を書くため、本人や母親、元職場の上司など千晴に関わる人に取材をしていきます。
──千晴は何者なのか。秋槻が死んだ理由の真相は何か。
この作品の見どころは千晴の心理描写ですが、本作ではウェブの口コミなどの匿名で無責任な言葉が取り扱われています。(同作品集「薄ければ薄いほど」にも出てきます)
千晴が人気者になった時から、またそこから転落した時もどのような声が挙がったかを淡々と描かれています。
千晴がその世論に少なからず心を痛めて苦しんでいるのですが、その責任は誰もとることはありません。
千晴の心は不安定であり、『わたし』に拠り所を求めるようになっていきます。
そして最後に秋槻の死因が明かされます。
その時に、読者は千晴へ思いを重ねてしまうのではないでしょうか。
『水神計画』〝ありがとう〟と言葉をかけた水が世界を救う?
東海沖洋上原発──通称<浮島>の汚染が問題視されていた。
様々な提案がなされる中、品川水質研究所の所長、黒木祥一郎は水神計画<ヴァルナ・プロジェクト>を掲示します。
それは<種子>と呼ばれる声をかけることで浄化された一杯の水を、<浮島>の自己処理に活用することで海洋汚染を食い止められるのではないかという計画でした。
『わたし』はその計画を取材するため、現場に向かいます。
──はたして計画は成功するのでしょうか。
この物語は言葉で浄化した水を使って海洋汚染を解決しようという、普通に考えたらとんでもないものです。
いやいやありえないでしょ。と設定を見たら読者は思うことでしょう。
しかしながら、淡々と作中の専門家の知見なども書かれていきます。
『わたし』の実験に参加した様子などを読み進めていくと、案外とそんなこともあるかもしれないなと思ってしまいますから不思議な読書体験です。
もちろんこの話に科学的根拠はないです。植物に声をかけるとよく育つという説であったり、言葉には言霊が宿るという説であったり、日本人にはアニミズムの文化が浸透しているといえます。
最後に<種子>に込められた言葉が何か明かされます。
それがどのような言葉なのか。なぜ、その言葉にしたのか。
言葉には心が宿るということを感じる、スッキリとした読後感の物語です。
カラーは違えども、滲みでる作者の世界観
今回紹介しましたのは前回紹介の『超動く家にて』の同作者、宮内悠介氏になります。
『超動く家にて』を読んだ方は、こちらを読むとその違いに度肝を抜くことでしょう。
作品のカラーとして大きく異なる物語なのですが、二作品に共通していて、加えて魅力的にしているのは綿密に練り込まれた世界観にあるのではないでしょうか。
科学と神秘の融合体のような趣深い物語に、魅了されること間違いなしです。
宮内悠介の連作短編集『彼女がエスパーだったころ』。
ぜひご一読ください。
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