東京の三軒茶屋にはマスター・工藤によってあらゆる謎が解き明かされる不思議な店《香菜里屋》があった。
客により深く愛されていた店であったが、各々の事情により去って行く常連客もいた。
そしてそんな中マスターである工藤も突如として店をたたみ、姿を消してしまう。
一体なぜ店はたたまれてしまったのだろうか。
工藤が託した1通の手紙に書かれていた内容とは?
常連客だった人々に深々と頭をさげた工藤の真意とは一体―。
それらと同時に明かされていく、若かりし頃の工藤の秘密。
過去に何があったのか、店の名前由来とともにその真実が明らかになるシリーズ最終作 。
香菜里屋の由来やマスターの過去に迫る
「香菜里屋シリーズ」はひっそりとたたずむバー「香菜里屋」に訪れる常連客が持ち込む謎を、マスターが解き明かしていくという短編シリーズです。
全四作品あるうち、今作「香菜里屋を知っていますか」は最終巻となります。
これまでに登場した常連客たちが立ち去り、さらに香菜里屋も閉店することに。
これまでのシリーズを楽しみに読んできた読者にとっては悲しい展開ですが、ずっと謎のままだった「香菜里屋」というお店の名前の由来や、マスターがどうしてバーを開いたのか、なぜ天才的な頭脳の持ち主が小さなバーの店主に収まっているのかといった謎が解き明かされていきます。
香菜里屋シリーズでは、それぞれの短編の主人公となるキャラクターが他の短編に少しだけ顔を出したり、ときどき現れて印象的な言葉を残していく名脇役とも言えるキャラクターがいたり、それぞれのキャラクターが魅力的に描かれていました。今作ではそんなキャラクターたちの旅立ちも丁寧に描かれています。
常連客たちだけでなく読者も、いつかまたマスターに会えるのではないか、とほのかな期待を抱いてしまう、切なくも暖かいラストをぜひ見届けてください。
前三作品を読んでから読むのがおすすめ!
今作品には香菜里屋シリーズの人気キャラクター香月がメインとなる「ラストマティーニ」、
結婚を機に遠方へ引っ越すこととなった飯島と香菜里屋の別れを描く「プレジール」、
本のカバーをかけ替えるという妙な癖を持つ東山とそれを聞いた浜口の奇妙な関係を描く「背表紙の友、
マスターが香菜里屋を畳むまでの経緯を描く「終幕の風景」、
そしてそれぞれのキャラクターが香菜里屋について語る書き下ろし作品「香菜里屋を知っていますか」の合計5篇が収録されています。
一つ目の物語から香菜里屋シリーズの終わりに向けて話がどんどん進んでいき、謎解き要素やこのシリーズの魅力の料理やお酒の描写はかなり控えめです。
そのため、ミステリー小説だと期待して読むと話の流れについていけなくなってしまう可能性があります。
これまでのシリーズに登場したキャラクターが活躍したりシリーズを通して謎の多かった香菜里屋やマスターの真実が明かされたりと、シリーズをすべて読んできた方にとっては楽しめる内容になっていますので、未読の方はぜひ前の三作品をチェックしてみてください。
その方がより香菜里屋に愛着が湧いて、登場する常連客たちと同じようにマスターに思いを馳せることができるでしょう。
新装版の登場で話題となったシリーズ
「香菜里屋シリーズ」は2021年に新装版が登場し、バー香菜里屋を舞台とする安楽椅子探偵ものとしてだけでなく美しいイラストの表紙からも再度注目を集めることとなりました。
ミステリー小説ではありますが残忍な殺人事件や悪者はあまり登場せず、常連客が日常生活を送る中で感じた謎をバーのマスターが提供してくれるおいしいお酒と料理を楽しみながら解決していくという作風です。
ミステリー小説に馴染みのない方でも読みやすく、連作短編の形を取っているため気軽に読むこともできます。
ミステリー小説のシリーズものはかなり長期間にわたって続いているものも多いですが、このシリーズは4作品と少な目です。
ですがこの短い中で数々の謎を解き明かしたマスターの存在感やあまりにもあっさりとした幕引きなどが、全体の作風にも合っていると言えるでしょう。
作者の北森鴻氏は48歳の若さで鬼籍に入ってしまい、もう続編を期待することはできません。
ですが読み終わったあとは、どこかでまたあのマスターがひっそりとバーを経営しているのではないか、と思わせてくれます。
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