国内ミステリー小説

小池真理子『神よ憐れみたまえ』- 生き抜くことの意味を綴った大河ミステリ

素晴しい美貌を持って、資産家の家に生まれ、何ひとつ不自由なく育ってきた百々子。

しかし昭和38年、12歳のある晩に、人生が激変する。何者かに両親が殺害されたのだ。

母は首を絞められ、父はクリスタルの大型灰皿で頭を何度も打たれていた……。

約束されていた幸せを失い、夢見ていた音楽の道も困難になった百々子。両親を殺した犯人も、一向に見つからない。

それでも百々子は、叔父の佐千夫や家政婦のたづ一家の支えで懸命に生き、成長し、恋もするようになる。

犯人のどす黒い欲望が、常に自分に向き続けていることも知らずに―。

数奇な運命に毅然と立ち向かう、百々子の一生涯を描いた感動の大河ミステリー。

犯人に気づかない主人公を見守るスリル

『神よ憐れみたまえ』は、12歳の百々子が62歳になるまでの約50年間を描いた物語です。

誰もが羨むような幸せな生活をしていた百々子が、突然両親を殺されるという、ショッキングなシーンで幕が開けます。

興味深いことに、犯人が誰なのか、読者には比較的早い段階で明かされます。

しかし劇中ではなかなか判明せず、警察はもちろん百々子もわからないまま。

しかも犯人は、アリバイがあるのをいいことに、百々子を近くでずっと狙い続けているのです。

そのため読者は、何も知らずにいる百々子を、ハラハラしながら見守ることになります。

一体いつ気付くのか、刑事はいつ真相を究明してくれるのか、物語が進むほど、読者の緊張感は高まっていきます。

犯人が百々子と一緒に過ごすシーンがたびたび出てくるので、読者は「やばいよ百々子!早く気づいて!逃げて!」と言いたくてたまらなくなるでしょう。

このスリリングな展開が、『神よ憐れみたまえ』の見どころのひとつです。

そしてかなり後になってから、百々子は犯人を知ることになります。

その動機や目的は、かなり独善的!酔いしれているかのように盲目的で、おぞましいエゴの塊です。

それを知った百々子はどう反応するのか、そして犯人はどう行動するのか。

このシーンは緊迫感があり、著者の分量力の高さも相まって、迫力満点です!

ままならない人生を生き抜く強さ

冒頭で殺人事件が起こるため、読者の目はどうしても犯人の動向に行きがちですが、本書のテーマは実は違うところにあります。

「生きることとは、どういうことなのか」

これが、百々子の波乱に富んだ生涯を通じて語られるのです。

というのも百々子には、両親の死を皮切りに、次々に悲劇が襲い掛かってきます。

親しい人との別れ、暴行未遂、信頼していた人からの裏切りなどなど、辛いことのオンパレード。

見目麗しさから、セクハラや欲望の犠牲になることも多いです。

が、百々子は屈しませんでした。

持ち前の負けん気や、清濁併せ呑む強さで耐え抜いて、人生を切り拓いていくのです。

その逞しくも痛々しい姿に、読者は胸を打たれますし、同時に勇気をもらいます。

読めば読むほど、生き抜くことの尊さが伝わってきます。

「ままならないのが人生。だからこそ進むことは、こんなにも立派で誇らしい」

と思わせてくれる圧倒的なパワーが、この作品にはあります。

終盤で百々子は、認知症を患い、記憶をだんだんと失っていきます。

これもまた、大きな悲劇ですよね……。

それでも百々子は、その運命さえも受け入れて、人生を振り返りつつ、気持ちを整理します。

この部分はもう、文句なしに圧巻です。

どれほど辛かったか、どれほど立派だったか、それまで読んできた全ページが思い起こされ、熱いものがどんどんこみ上げてきます。

涙なしでは読めないレベルですので、ハンカチ必須!

読了後はきっと誰もが、百々子の芯の強さに心が震え、自分のこの先の生き方について、考えてみたくなることでしょう。

何度も読み返したくなる感動の名作

『神よ憐れみたまえ』は、作家の小池真理子さんが、約10年をかけて著したミステリー大作です。

ミステリーとはいえ、その枠に入りきらないほど、大きく深いテーマのある人生ドラマでした。

実は小池さんご自身が、執筆の少し前から、様々なお辛い経験をされていたそうです。

ご自宅の火災に始まり、ご両親を亡くし、さらにはご主人の癌の告知に闘病生活、そして死―。

こうした近しい存在との別れの中で完成したのが、『神よ憐れみたまえ』なのです。

約570ページとボリュームがあり、その厚みには、小池さんの苦しみや頑張りが反映されている気がしてなりません。

百々子の凛として生き抜く姿は、まさに小池さんの姿なのではないでしょうか。

そう考えながら読むと、『神よ憐れみたまえ』は、より強く深く心に染み入ってきます。

また『神よ憐れみたまえ』には、百々子を支える多くの人々が登場します。

その筆頭は家政婦のたづで、親戚とそりが合わない百々子を引き取って、献身的に世話をします。

たづだけでなく、その夫や息子の紘一、娘の美佐も、それぞれに百々子を憐み、励まし、力になろうとします。

この曇りなき善意が、『神よ憐れみたまえ』をさらに感動溢れる名作へと昇華させています。

どん底の時に寄り添ってくれる人々の、なんと有難いことか。

生き抜くことが尊いなら、その活力をくれる存在もまた尊いのです。

本書は、こういった人としての尊い生き様をまざまざと見せるとともに、自分の生き方や在り方を考えさせてくれます。

読んだ方にとって、何度も読み返したくなる、一生心に残り続ける本になるでしょう。

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anpo39
年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)
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