怪盗、泥棒が出てくる小説は数多くありますが、〈怪盗ニック〉ほど風変わりな泥棒も珍しいです。
ニック・ヴェルヴェットは泥棒である。それも特殊な泥棒なのだ。
絶対に金を盗まず、自分のためにも盗まない。大きすぎたり、危険すぎたり、ほかの泥棒にとっては異常すぎるものを人に依頼されて盗む。博物館や会社や政府からも盗んだことがある。郵便局の屋上からはローマ神話のメルクリウス像を、中世美術館からはステンド・グラスの窓を盗んだ。一度は、監督やコーチや野球道具一式を含めた大リーグの野球チームをそっくり盗んだこともある。
P.14より
というように、怪盗ニックは「普通の泥棒が盗まないような価値のないモノ」を盗む専門の怪盗なんです。
依頼金は基本的に二万ドル。大変なモノであれば三万ドル。年に4,5回働けばオーケーなんだとか。
ね、面白いでしょ?
今回ご紹介させて頂く『怪盗ニック全仕事』には、その名の通り怪盗ニックの奇妙な「お仕事」が15編も収められているのです。
どれもこれも「なんでそんなモノがほしいの?」っていうものばかりで非常にそそられます。ちょっと見ていってくださいな(* >ω<)
『斑の虎を盗め』
ハリー・スミスは、動物園にいる「斑の虎」と呼ばれる珍しい虎を盗んでほしいと依頼してきた。
もちろん警備員はいるし、そもそも凶暴な虎をどうやって盗むことができるのでしょうか。
『プールの水を盗め』
「ミステリ作家のサム・フィッツパトリックの屋敷にあるプールから水を盗んできてほしい」
冗談かと思える依頼ですが、依頼人はいたって真面目。
水を無くしたいならプールの栓を抜けばいい、とニックは提案しますが、それではダメなようです。
「わかっていらっしゃらないようね、ミスター・ヴェルヴェット。わたしはプールの水がほしいのよ。水を全部盗んで、持ってきてほしいの」
P.37より
ニックはどうやってプールの水を盗むのか。依頼人はなぜプールの水を欲しがるのか。
『おもちゃのネズミを盗め』
依頼人は、パリのスタジオで撮影中の映画で小道具として使われている「おもちゃのネズミ」を一個盗んでほしいという。
すでに手数料二万ドルは小切手でニックの元に送られてきている。
しかもそのネズミのおもちゃは、アメリカでは九十八セントでどこにでも売っているようなもの。九十八セントのおもちゃを二万ドル払って盗んでくれとはどういうことなの?!
『弱小野球チームを盗め』
野球チームを盗めですって。何を言っているんでしょうか。
しかもどのチームを盗むかはニックに任せるそうです。
では、チームの選択とほかの手はずはきみに任せる。大リーグのプロ野球チームでなくてはならない。そして、二週間以内にわたしの国に無傷で届けなくてはならない。
P.160より
どう考えても盗めるものではないですよね。でも、ニックは盗んじゃうんです。
シルヴァー湖の怪獣を盗め
依頼人はゴールデン湖の近くでリゾートホテルを経営しているというクラウダーさん。
彼曰く、二十マイル向こうのシルヴァー湖に大海蛇が住んでいて、旅行客が珍しがってみんなそっち行ってしまうとのこと。
これでは経営が危ない!ってことでその大海蛇を盗んでほしいと言うのですが。。
そもそもそんな怪物が本当に存在するのでしょうか。そしてニックはどうやって怪物を盗むのでしょうか。
この他にも「囚人のカレンダー」や「青い回転木馬」、「恐竜の尻尾」など意味不明なものを盗んでくれと依頼されるニックさん。そしてそれを見事にこなしちゃうニックさん。すごいです。
HOWとWHYの共演

まず気になるのはハウダニット(どうやって盗むのか?)ですよね。
おもちゃのネズミならまだしも、プールの水や野球チーム、存在するのかもわからない怪獣を一体どうやって盗むのでしょうか。
「いや、それはさすがに盗めないでしょう!」と思うかもしれませんが、ニックは見事に盗みます。プロなので。
華麗な技を刮目しましょう。
そして最大の見所は「なぜ、そんなものを盗んでほしいのか」というホワイダニットです。これが面白いミステリ作品なんですよ。むしろこっちがメインです。
依頼者はなぜ、こんな価値のないものを盗めと依頼してきたのか、ということが最後に明かされていくわけですが、「はは〜なるほど!」ってなります。楽しいです。
二万ドルも払ってへんてこなものを盗んでほしいというからには、何かしら裏があるわけですからね。ニックはどうやってそれを暴いていくのでしょうか。。
という感じで、ハウダニット(犯人は誰か)を省いた分、ハウダニットとホワイダニットの両方が存分に楽しめちゃうんです。これはおいしい。
続編もあるよ!
現在までに『怪盗ニック全仕事1』『怪盗ニック全仕事(2) 』『怪盗ニック全仕事(3) 』『怪盗ニック全仕事4 』と、シリーズが第四弾まで出ています(しかも第四弾は先日発売されたばかり!)。
ほんっっっとうに安定して面白い短編集ですので、まずは一作目だけでもお手に取ってみてくださいな。話が続いているわけではないのでどれから読んでも楽しめますが、やっぱり一作目から順番に読むのがベストです。
すべて読み切りの短編ですのでお気軽にサクッと読めるし、一編一編しっかりまとまりがあって気持ちよい読後感が残るのも嬉しいところ。
で、「あえて目次を読まない」っていうのも楽しむポイントです。
タイトルをみると何を盗むのかわかってしまうので、目次を見ないで「次はどんな変なものを盗むのかな?」って自分をワクワクさせながら読むんです。
そしてページをめくってタイトルがわかった時に「いやいや!さすがにそれは盗めないでしょう!」って一人ツッコミするのです。ぜひやってみてください(´∀`*)