僕の姉は怪奇実話作家・呻木叫子である。
彼女は、これまで培ってきたフィールドワークの経験を活かし、怪談ルポライターとして数々の作品を残してきた。
ある日姉の自宅を尋ねた僕は、密閉空間の中で両手両足を拘束され、自身の髪の毛で両瞼を縫い合わされた状態で昏睡している姉の姿を発見する。
あまりにも不可解で怪奇的な状況を目の当たりにした僕は、姉が取材中の旅館・影踏亭で起きた奇妙な現象を思い出す。
「その旅館に謎を解く鍵があるに違いない」
こうして、調査のために影踏亭へ出向くことになった僕だったが、現地に向かうや否や、不可解な事件に巻き込まれてしまうことになる……。
これらの事件は、霊障の仕業か、はたまた殺人事件か。
怪談話とミステリーの組み合わせで、謎解きの幅が広がる面白さ
この作品は、連作4編から構成されるホラーミステリー短編集であり、叫子の身に起きた不可解な現象の調査から物語が始まります。
髪の毛で両瞼を縫い合わされた状態で見つかった叫子の描写は、冒頭から読者に大きな衝撃を与えることでしょう。
この現象によってさらに深まる謎を解明していくことになりますが、事件が発覚した段階では推理が難しく「霊的な仕業?それとも、生きている人間による犯行?」といった観点から、原因の切り分けをしなければなりません。
「怪談」と「ミステリー」の異なる要素が絶妙なバランスで組み合わさっているため、推理の選択肢や謎解きの幅が広がっていく点は、本書の魅力といっても良いでしょう。
また、謎解きのヒントが眠っているとされる「影踏亭」でのストーリーは、ホラー小説ならでは薄暗い雰囲気で描かれており、ページをめくることを躊躇してしまうほどの空気感を味わいつつも、物語の世界に没入していくことができます。
そのうえ、推理が難しい霊的な現象が起こるかもしれないという目に見えない恐怖感があるため、「事件の理由が欲しい!(生きている人間の仕業であってほしい!)」と、つい叫びたくなってしまうかもしれません。
4つの怪談話を軸に描かれるホラーミステリー
本作には、「影踏亭の怪談」「朧トンネルの怪談」「ドロドロ坂の怪談」「冷凍メロンの怪談」の4つの怪談話が収録されていますが、それぞれの物語がお互いに繋がり合う構成になっています。
いずれの怪談も巧妙に作り込まれており、舞台背景のリアルな描写や登場人物の駆け引きも相まって、物語の序盤から緊張感のあるストーリーを楽しむことができます。
そのうえ、超常現象や不可解な事件などの原因特定が難しいホラー要素が凝縮されていながらも、最後にはロジカルな描写でストーリーが収束していくため、読者を置いてけぼりにしない工夫が盛り沢山です。
また、ルポライターの経験を活かした叫子の現地インタビューと、彼女が執筆したルポルタージュの描写が交互に展開されていく点も、本書の注目ポイントです。
このような描写があることで、事件発生当時の出来事や背景をヒントにしながら、着実に事件の真相に迫っていくことができます。
このとき、時系列を切り替えながら物語が進行していく描写があるので、常に頭をフル回転させる必要があります。
情報の整理までに時間を要するかもしれませんが、たとえ思い通りの展開にならなくても、物語の後半には1つの結末に上手く導かれる設計がされているため、スッキリと読み終えられます。
あなたは目にしてはならぬものを目撃する!
大島さんは、「幽霊・妖怪」の研究者として論文を度々発表するかたわらで、ホラーミステリー作品の執筆活動も続けていたそうです。
その後、『現代幽霊論』『Jホラーの幽霊研究』など、幽霊に対する専門知識を体系的にまとめた作品を発表し、多くのオカルトファンの注目を集めました。
そして2020年には、怪談話と謎解きが絶妙に組み合わさった点が評価され、「影踏亭の怪談」で、第17回ミステリーズ!新人賞受賞を果たしました。
この本で描かれる怪談話に、恐怖感を煽る生々しさやバラエティーの豊かさを感じられるのは、かつて大島さんがオカルトジャンルの研究をしていた経歴を見ると、納得のいく結果といえるでしょう。
一般的に、霊的で不可解な現象を取り入れた物語には誇張された描写が含まれているものも多く、「現実世界ではまず起こらないだろう」と、感じてしまう方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、大島さんが描き出した本作は、空想上のホラー要素を盛り込んだ内容とは大きく異なります。
本作には、これまで幽霊に対して真摯に向き合ってきた大島さんにしか描けない堅実でリアルなホラー描写が満載のため、じっとりと手に汗を握るほどの臨場感を持って読み進めることができます。
そのうえ、ミステリー小説ならではの謎解き要素も入り込んでくるため、つい最後まで読んでしまう工夫が散りばめられています。
オカルト好きの方はもちろん、じわじわと事件の謎を追求していきたい方にもぜひおすすめしたい1冊です。