秋吉理香子さんのトラウマ絶対不可避作品、『鏡じかけの夢』なのです。
全5編の短編ストーリーからなるこの一冊ですが、実は共通点があります。
それが、どの主人公も「願いを叶える鏡」と出会うこと、そして各物語の最後~冒頭がさりげなくつながっている点です。
どこから読んでもOKにはなっていますが、鏡に隠された秘密が徐々に明らかになっていくこともあり、やはり最初の「泣きぼくろの鏡」から順当に読み進めていきましょう。
『鏡じかけの夢』あらすじ
「鏡じかけの夢」は、“磨くと願いが叶う”と言われている鏡に触れ合った人物たちが、夢を叶えるため、様々な願い事を行い、変化していく現実を楽しむストーリーです。
最初のお話「泣きぼくろの鏡」では、脳病院へ入院している奥様、そしてそれをお世話する看護師が主人公です。
入院している奥様の夫が、
「願い事を強く念じながら、一生懸命、心を込めて鏡を磨き続けると、それが現実へと映し出される―つまり現実になるというんだよ」
P21より
というセリフを述べたことで、鏡の持つ秘密が明らかになっていきます。
そんな素晴らしい鏡なら、誰もが大切にしそうなものですが、
「鏡は色んな角度へ反射する。だから願った通りに実現するとは限らない」
P21より
という理由で、前の持ち主が骨とう品屋へ売ったことから、この夫妻の元へやって来ることになりました。
そんな「泣きぼくろの鏡」では、この夫に惹かれてしまった看護師が、鏡に願いを込めて磨き始めます。
その他にも、叶わない恋の成就を願う男、舞台女優に恋した異形の男、成功を掴みたい敗残兵、恵まれた生活を送る双子の姉を羨む妹、といった、個性的な主役が鏡とともに、新たな運命へと歩き出します。
その願いは本当に叶うのか
「鏡じかけの夢」の見どころは、やはり、鏡がどのような形で願いを叶えるのか、という部分でしょう。
もちろん、何故願いが叶うのか、という部分も忘れてはいけませんね。
読み進めるうちに、鏡の持つ本当の力が見えてきます。
物語もですが、時代背景も見どころの一つです。
戦前から終戦直後が舞台となっているため、今にはない懐かしい描写や、生きていくだけで大変な時代を思わせる切ないシーンが多々登場します。
願いを通じた“すれ違い”にも注目してください。
帯に「清々しいまでのバッドエンド、ここに極まる」と書かれていますが、その通り、どの物語も残念ながら、ハッピーエンドでは終わってくれません。
一般的な小説ではバッドエンドは歓迎されませんが、「鏡」というスパイスが入ることで「そうなったのか……」と納得させられるラストになります。
その結果、思ったほど読後感が悪くならないまま、次のストーリーへ進んで行けるところに、秋吉さんの上手さを感じますね。
毎回予想できないオチが楽しめる!
「鏡じかけの夢」はラストが読めない物語が多く、どの作品もしっかり楽しめました。
最初の「泣きぼくろの鏡」で、鏡が願いを叶えるというのはこういうことか、と納得して読み進めると、次の「ナルキッソスの鏡」でまったく違う展開に振り回されます。
全5話がこの調子で、鏡が在り処を変えながら、濃いキャラクターと共に過ごします。
全体に共通しているのは、人間の“欲”ですね。
鏡に出会う前は、今の暮らしに不満を持ちつつもなんとかやっていたはずなのに、願いが叶うと聞いた途端、普段は人に見せないように奥へ奥へしまっていた黒い感情が、一気に解放されてしまいます。
自分だったら……と考えると怖いですよね。
それなのに、願いを叶えてくれるはずはないし、と遊び半分で磨いてしまいそうな気もします。その結果を考えると、背筋が思い切り冷たくなる、そんな物語でした。
総評
一行目の、
「奥様は今日も朝から、鏡に向かって髪を梳っております」
8Pより
という文字との出会いで、これが問題の鏡なんだな、胸が躍る始まり。
“梳(くしけず)る”という表現が、また良い「鏡じかけの夢」
たった一行で、物語へ引き込む力はさすがです。
短編にもよりますが、物語は終始悲しい訳ではなく、鏡へ願いを込めた人間には、ちょっとした幸せや希望が訪れます。
その後、ズドーンと落とされる展開が主なのですが、こうした起伏のあるストーリーが、読み手を飽きさせないのでしょう。
5話の最後では、
「鏡はひっそり次の持ち主を待っている」
214Pより
で締められ、鏡に興味を持つ人間の描写もされています。
評価の高い作品なので、この人物を中心に、もう一周鏡がもたらす欲望の世界を見たい、その最後は「鏡じかけの夢」の第一話へつなげて欲しい、そんな希望も持ってしまいますね。
「ヴェネツィア」で作られた鏡が、最後の物語で再び「ヴェネツィア」へ戻る、という仕掛けもあるんですが、それでももっともっと読みたくなる作品でした。
美しく繊細な表紙に描かれる、怪しく人を引き寄せる鏡。
「鏡」をテーマにした作品は数多くありますが、是非「鏡じかけの夢」もそのコレクション一つに加えて下さい。
ふとした瞬間に、何度でも読み返したくなる、「鏡」の虜になることでしょう。
コメント
コメント一覧 (4件)
これ、買ってすぐのとき読みましたよ!
鏡。テーマに多いですよね。
なんか、人間って欲の生き物だなーと。私は職人の人の話が好きでしたね。
さすがhitomiさーん!
秋吉 理香子さんも毎回安定して面白い作家さんですもんね。安心して読めます。
ですね、そう言われれば、鏡がテーマの作品って多いですよね。
私もこんな鏡があったら、欲望が爆発してしまうんだろうなあ、と思ったり。
こんにちは。
秋吉理香子さん、いいですよね。
基本的にイヤミス好きなので、楽しく読みました。
バッドエンドでもモヤモヤしないで、むしろスッキリする読後感ってすごいですよね✨
白雪姫の時代から、鏡は魔のアイテムですね。
クマっちさんこんにちは!
いいですよねえ、秋吉理香子さん。読みやすいし、作品の雰囲気もとてもタイプだし。
ですねー。鏡をテーマとした小説ってどれくらいあるのでしょう。
とても多そうですよね。。。