国内ミステリー小説

近藤史恵『歌舞伎座の怪紳士』- 観劇から始まった人生の転機を描く物語

仕事を退職し、家事手伝いとなった27歳の久澄(くすみ)。

日々を鬱々と過ごしていたが、ある日祖母からもらったチケットで歌舞伎を観たことをきっかけに舞台に興味を持つようになる。

その後もたびたびチケットをもらい観劇するたびに久澄はのめり込み、心は徐々に上向きになっていった。

しかし気がかりなこともあった。

劇場に行くと、なぜかいつも堀口という老紳士に会う上、必ずちょっとした事件が起こるのだ。

他人の荷物に手を出す客を目撃したり、チケット詐欺に遭遇したり。

これらは全て偶然だろうか、祖母あるいは堀口が、何か仕組んでいるのだろうか?

人生の転機を心温かに描き出す、劇場型ミステリー!

いくつもの事件を乗り越えて真相へ

『歌舞伎座の怪紳士』は、社会に出ずに家事手伝いをしている久澄(くすみ)が、自分の人生や人との関係に悩みつつ、徐々に向き合っていく物語です。

ヒューマンドラマですがミステリー色も強く、序盤からたくさんの謎が散りばめられています。

祖母がなぜ久澄に何度もチケットを渡すのか、なぜ観劇に行くたびに老紳士・堀口に出会うのか。

しかも歌舞伎座や劇場では、久澄が足を運ぶたびに何かしら奇妙な事件が起こるのです。

まずは、ある女性客が別の女性客のペットボトルをこっそりと入れ替えていたという事件。

次はチケット詐欺で、その次は劇場の爆破予告や公演中止。

読み手もギョッとしますが、当事者の久澄はもっと戸惑い、オロオロします。

そりゃそうでしょう、久澄は社会的な立場も経済力も低く、自尊心まですっかり低くなってしまっているニートの身。

警察や名探偵のように、ドーンと前に出て、バーンと解決するような勇気も知恵もありません。

それでも事件が気になって仕方がない久澄は堀口の力を借りながら、どうにかこうにか解決します。

そして回を追うごとに自信を身につけ徐々に自らの判断で動き、自力で問題を解消するようになっていくのです。

それらの事件をひとつずつ乗り越えていくうちに、おおもとのミステリーである「堀口の正体」や「祖母の目的」の真相も見えてきます。

意外な事実に「なるほど、そうだったのか!」とスッキリするのはもちろん、「人の真心やご縁って尊いなぁ」と、ホッコリとした気分にもなれるんです。

誰もが傷つきながら戦っている

『歌舞伎座の怪紳士』では、様々な人間模様も描かれます。

まずは久澄が会社勤めをしていた頃の話で、久澄はひどいパワハラやセクハラを受け、心身をすっかり病んでしまいました。

そのため怖くて社会に出れなくなり、退職して引きこもり日々を悶々と過ごしていたのです。

しかし観劇のために外の世界に出るようになってから、久澄は様々な人の「生き方」を目の当たりにします。

たとえば、ペットボトルの入れ替えやチケット詐欺の犯人には、それぞれの事情や切実な思いがありました。

また久澄はある日友人に痛烈に批判されるのですが、その友人は親を養うために必死に働いており、親元でのんびり過ごしている久澄を見とは真逆の立場でした。

だから今の久澄を見て我慢ならなくなり、心無いことを言ってしまったのです。

また久澄の姉は病院で働いており、久澄には順風満帆な人生に見えていましたが、彼女は彼女で院長との秘密の関係に深く悩み傷ついていました。

さらに久澄の祖母や堀口にも、それぞれ苦しんできた過去、乗り越えてきた壁がありました。

誰もが人には言えないような悩みや苦しみを抱え、傷つきながらも戦って生きている。

そのことに気付いてから久澄の心には変化が訪れ、行動も少しずつ変わっていきます。

久澄だけでなく周囲の人々もそれぞれに現実や己の傷と向き合い、元気を取り戻していきます。

みんながみんな勇気ある一歩を踏み出し、前を向いて進んでいく様子は、とても感動的!

ここが『歌舞伎座の怪紳士』で一番の見どころで、ウルッと来てしまう人も多いのではないかと思います。

その後の久澄の選択とラストシーンも素敵で、久澄を応援したい気持ちでいっぱいになるのです。

心温まるハートフルな物語

『歌舞伎座の怪紳士』の作者・近藤史恵さんは、大学時代に歌舞伎の研究をされていたそうです。

そのため近藤さんの作品には舞台を題材にしたものが多く、本書『歌舞伎座の怪紳士』もそのひとつです。

作品によっては、歌舞伎の世界にどっぷりと浸かっているものもあるのですが『歌舞伎座の怪紳士』はどちらかというと、観劇の初心者さんが楽しめる作品となっています。

主人公の久澄自身が初心者ですし、しかも家に引きこもって家事手伝いをしている身ですから、劇場に足を運ぶだけでも敷居が高かったと思います。

でも勇気を出して観に行くとたった一度で魅せられ、心に熱いものが芽生えました。

その後も通うたびに夢中になり、舞台を愛するようになり、くすんでいた日々はどんどん色鮮やかになっていくのです。

そういう意味で『歌舞伎座の怪紳士』は観劇がいかに面白く、心に良い影響を与えるかを読者に教えてくれる作品と言えます。

今までは「舞台って、あまり興味がないなぁ」と思っていた人でも、『歌舞伎座の怪紳士』を読めばきっと観に行きたくなります!

しかも、観劇におけるお役立ち情報も満載です。

着ていくものや、お話がわからなくなった時のイヤホンガイド、チケットの取り方などなど、初心者さんが知っておくと便利なアドバイスが色々。

特に面白いのが「席によっては映画よりも安く観れる」という情報。

そんなことを聞いたら、ますます「ちょっと観に行ってみようかな~」という気分になりますよね!

ハートフルな物語なので、ハラハラドキドキするようなミステリーではないものの、興味深く読めることは間違いありません。

そして読みながら、久澄と一緒にどんどん気分が上向きになっていきますし、最終的には胸がポカポカする、とても心地よい読後感を味わえる作品です。

ABOUT ME
anpo39
年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)
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