浪人生の里英は 伯父の所有していた孤島・枝内島がリゾート開発されることになったため、下見と気分転換とを兼ねて一泊二日の旅行にやって来た。
父や伯父の友人、開発会社や不動産会社のスタッフに同行する形であり、メンバーは総勢9名。
ところが枝内島に到着するや否や、不穏なことが起こり続ける。
5年は誰も足を踏み入れていなかったはずの島内の別荘に、真新しいガソリン缶や缶詰が置かれており、ベッドにも使用した痕跡があったのだ。
さらに土嚢が不自然に積み上げてあった上、爆弾まで仕込まれていた。
怯えながらも一晩をやり過ごした里英だったが、翌朝、不動産会社のスタッフが遺体となって発見された。
そして玄関には、犯人からと思われる「10のルールを守れ」というメッセージが。
「3日間は島を出るな」「警察に通報するな」「犯人を探すな」などなど、この状況では無理難題と言えるルールだったが、守らなければ爆弾の起爆装置が作動してしまう。
残るメンバーに犯人がいるかもしれない中で、里英はどうやって期日まで過ごすのか―。
ルールを破れば爆破で全滅?
『十戒』は、主人公やリゾート会社のスタッフなど計9名が、孤島に3日間閉じ込められるという物語です。
いわゆるクローズド・サークルミステリーであり、島ではお約束のように殺人事件が起こるのですが、『十戒』の面白さはそれよりも、犯人に課せられた10のルールにあります。
どのようなルールなのか簡単にまとめると、
①3日間は島から出てはいけない。
②島の外にこの状況を伝えてはいけない。
③迎えの船は3日後に延期。
④スマホなどの通信機器は没収。
⑤島外への連絡が必要な時は皆の監視下で行う。
⑥複数の人が30分以上同じ場所にいるのは禁止。
⑦撮影や録音は禁止。
⑧他の人の部屋に行く時はノック必須。
⑨脱出は禁止。
⑩犯人探しは禁止。
と、このような感じです。
人が殺されている状況で、このルールはあまりにも無茶ぶり!
外部に連絡するのも、脱出するのも、誰かと一緒に30分以上いるのもアウトとか、期日まで無事でいられる気がしませんよね。
でも島にはあらかじめ爆弾が仕掛けてあって、ルールを破ったら即座に爆発させられて全員が死んでしまうので、大人しく従うしかありません。
そして犯人はもちろん、皆をルールで縛り付けている間に影であれこれ暗躍するはずなので、めちゃめちゃ恐ろしいですね!
どうにかしたいけど、でも爆弾で皆殺しになることを思うと下手に動けない。
こういった、支配下における屈辱や不安や恐怖が、『十戒』の大きな見どころです。
孤島に閉じ込められるという王道設定に、犯人からの絶対命令という要素が加わったことで、従来とは一味違うクローズド・サークルミステリーを楽しめます。
水面下での心理戦がアツい!
10のルールはどれも厳しいですが、中でも特にヤバいのが「犯人探しは禁止」というルール。
この手のミステリーでは、誰が犯人なのかを登場人物たちが議論するのが定番であり面白味なのですが、犯人探し禁止ルールがあり、それが許されないのですよ(泣)
じゃあ面白味はないのかというと決してそうではなく、逆にこのルールが「心理戦」という絶妙な味を生み出しています。
というのも、犯人を探すことは許されなくても、個人的に頭の中で推理するのはOKですし、たまたま犯行に気付くこともありえますよね。
でも犯人の正体がわかっても、それを皆に伝えるとルールを破ったことになるので、犯人の暗躍を見て見ぬふりするしかないわけで、ここでひとつのジレンマが生まれます。
一方犯人も、「〇○さんに正体がバレたかも」と不安になっても、相手が「知らないふり」をしている以上、本当にバレたかどうかの確認ができません。
もちろん本人に直接問いただすわけにもいかないので、遠回しに「犯人について言及したらルール破りになるぞ」と釘を刺しておくほかないのです。
『十戒』では、このように登場人物たちが犯人も含めてルールに縛られており、それがゆえに水面下で腹の探り合いをしています。
表立って犯人探しができないからこその心理戦であり、表面上は知らぬ存ぜぬを通しつつ、腹の内では緊迫感に満ち満ちた攻防を繰り広げているのです。
ここもまた『十戒』の見どころであり、特に一度読み終えて犯人が誰なのかを知った後で読み直すと、思わぬシーンでも駆け引きがあったことに気付き、より楽しめるようになります。
『方舟』との衝撃的な共通項
『十戒』は、作家の夕木 春央さんが2022年に発表した『方舟』に続くクローズド・サークルミステリーです。
この両作品はジャンルが共通していますし、タイトルも片や『方舟』片や『十戒』と旧約聖書を彷彿とさせるものであり、どこか似た香りが漂っていますね。
でもシチュエーションは全く異なっており、それぞれに独自の楽しみを見出すことができます。
たとえば『方舟』は、突然の災害でできた閉鎖空間で事件が起こるので、偶発的なところにスリルがあると言えるでしょう。
それに対して『十戒』の舞台は孤島の別荘であり、何者かが事前に罠を色々と仕掛けているので、計画的な匂いがプンプンするところに不気味さがあるのです。
このように、同じクローズド・サークルミステリーでもそれぞれに特徴や魅力があるため、未読の方はぜひ両方とも楽しんでみてください。
そしてその際には、まずは『方舟』から読むことをおすすめします。
というのも、『方舟』と『十戒』は同じ世界で展開される物語であり、時系列としては『方舟』が先だからです。
そして実は『十戒』には、『方舟』との大きな共通項が隠されており、ラストで明かされる仕掛けになっています。
これがかなり衝撃的で、読者はラストで気が付いた時、思わず叫んでしまうくらいに驚き、それと同時に激しく納得するはずです。
これこそが『十戒』の最大の魅力であり、そして『方舟』を先に読んだ人が得られる特権です。
ぜひ、時系列に沿ってセットで読んでみてください!
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