ある作家が、編集者を名乗る男にひとつの提案をした。
「とっておきのミステリーを執筆してやろう。ただしリアリティを追求するために、物語の人物を一緒に演じてみてほしい」
編集者は二つ返事で了承し、さっそく作家の指示に従って演じ始める。
しかし演技のはずが、いつしか両者の心理バトルへと発展していく。
やり込めたりやり込まれたり、裏をかいたりかかれたり。
二転三転どころか四転五転し、それでも止まらない二人の対決。
果たしてどのような結末を迎えるのか?
表題作『入れ子細工の夜』など、珠玉のミステリー短編4話を収録!
各話のあらすじと見どころ
ここまでバラエティに富み、ここまでワクワクさせてくれる短編集がかつてあったでしょうか?
『入れ子細工の夜』は、そのくらい読み手を惹きつける短編集です。
全4編が収録されており、どれもこれも抜群に面白い!
アイデアが光っていて、流れるようなテンポで進み、あっと言わせるオチもある。
4編全てに五ツ星をつけたいくらいの傑作揃いです。
どれほど素晴らしいか、各話のあらすじや見どころを軽くご紹介しますね。
1、『危険な賭け ~私立探偵・若槻晴海~』
私立探偵の若槻が、殺害された男の足取りを追う物語です。
一見ハードボイルドですが、実際は作者・阿津川 辰海さんのミステリー愛が炸裂した物語!
というのも、主人公の若槻があちこちの古本屋を調査するのですが、その過程で、実在するミステリー小説がいくつも登場するのです。
そのどれもが阿津川さんが好きであろう作品であり、敬愛する気持ちが溢れる形で描かれています。
読んだことのある方でしたらニヤリとせずにはいられませんし、読んだことがなければ、きっと興味が湧いて読みたくなります!
2、『二〇二一年度入試という題の推理小説』
ある大学で、入試問題の形式を大幅に変更することになったという物語です。
変更の内容がぶっ飛んでいて、なんと「推理小説の犯人を当てる」というもの!
題材となる小説はもちろん作中に出てきて、読み手も謎解きに挑戦できるようになっています。
しかも、実際の問題用紙のような書式になっているところがニクい。
こんなのを出されたら、気分が自然に入試テンションになって、必死に解きたくなりますよ。
ちなみに相当な難問なので、心して取り掛かりましょう!
そして本物の入試では受験後に「解答速報」がありますが、この作品でも同じです。
問題の分析やら解説やらが行われるので、やはり実際の受験生気分になって、夢中で見てしまいます。
模範解答はかなり衝撃的ですので、必見です!
3、『入れ子細工の夜』
表題作です。
あるミステリー作家が、登場人物に無理がないかどうかを確かめるために、編集者と一緒に演じてみるという物語です。
最初は演技でしたが、どんどん様相が変わってきて、役割を変えながらの心理戦になっていくところが興味深い。
真実と嘘とがコロコロと入れ替わり、そのたびに両者の立場が上になったり下になったりするので、目が離せません。
ここまでどんでん返しが続く物語はなかなか類を見ないので、それだけでも一読の価値アリ!
息をつく暇もないドキドキ展開が好きな方には、特におすすめです。
最後にタイトルの意味が分かるという仕掛けもあり、「なるほど!」と盛大に納得しながら読み終えることができます。
4、『六人の激昂するマスクマン』
大学のプロレスサークルの代表者たちが集まり、ある殺人事件について推理合戦をするという物語です。
面白いのが、全員が覆面レスラーの姿で参加するところ。
皆が皆プロレス好きですし、コロナ禍でマスク必須な時代ですからね(笑)
覆面ということで、誰が誰なのか正体がわからない分、各自が言いたい放題。
収拾がつかなくなるほど騒ぎに騒いで、超ハイテンションな推理合戦となります。
それでいて結構ロジカルな推理が要求されるので、読み応えは十分!
プロレスをよく知る方の方が楽しめるとは思いますが、全体的にコメディタッチでテンポが良いので、プロレスの知識がない方でもグイグイ引き込まれ、楽しく読むことができます。
設定、展開、オチ、全てが素晴らしい!
以上4編が収録された『入れ子細工の夜』、どの作品も非常にパワフルで、とてつもなく面白いです。
実は本書は、作者・阿津川 辰海さんの二作目となる短編集です。
一作目の短編集『透明人間は密室に潜む』も、やはりアイデアとパワーに溢れる秀作であり、「2021 本格ミステリ・ベスト10」の国内編で堂々1位となりました。
それに次ぐ二作目『入れ子細工の夜』が面白くないわけがない!
いやもう、圧倒的な吸引力があり、読み始めたらとにかく止まりません。
舞台設定の新しさ、展開の目まぐるしさ、度肝を抜くようなオチ、どれを取ってもミステリー好きの心を鷲掴みにし、一気読みさせてくれます。
また『入れ子細工の夜』には前作にはない特徴があります。
「新型コロナウイルスの脅威によって変わった世界」が描かれているという点です。
たとえば『二〇二一年度入試という題の推理小説』では、コロナ禍により授業を十分に受けることができなかった学生のために、入試の内容が変更されました。
『六人の激昂するマスクマン』では、マスク着用の覆面レスラーたちが議論を繰り広げます。
これだけ新型コロナが悪い意味で浸透しているにも関わらず、他の多くの小説や漫画、ドラマの登場人物たちは、その影響を受けていないことが多いです。
まぁ確かにマスク姿で戦ったり愛を囁いたりしても今ひとつサマにならない気がするのですが、でも今の時代、完全にコロナをスルーした展開というのは、逆にリアリティが欠けているようにも感じられます。
そういう意味で『入れ子細工の夜』は、よりリアルに身近に感じられる作品であり、そこも読み手の心を惹きつける理由のひとつではないかと思います。
とにかく色々な意味で興味深い本書、一話一話が短めで読破しやすいので、隙間時間などにぜひ!
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