タイトルに惹かれて本を手にとること、よくありますよね。
今回の『生ける屍の死』(山口雅也著)も、タイトルが異様で惹きつけられる一冊です。
「生ける屍」という言葉自体はよく聞くものの、その「死」っていったい?
個人的にも、国内ミステリの中でも特にオススメしたい作品です。
というわけで、今回は『生ける屍の死』の新版が登場したので、サクッとご紹介できればと思います(´∀`)
『生ける屍の死』あらすじ
舞台は1900年代末、ニューイングランド。
霊園を経営するスマイリー・バーリイコーンの一族に起こる事件が中心です。
スマイリーの孫であるグリンはパンク好きの青年で、チェシャという恋人がいます。
そして、先が長くないスマイリーの遺産を誰が継ぐかという問題で、一族の思惑が絡み合う遺産相続争いと殺人の渦に巻き込まれていくのです。
このミステリーの奇妙な特徴は、主人公であるグリンが冒頭で毒入り紅茶を飲み、一度死んでしまうという点です。
死んで蘇ったグリンが、謎を解き明かしていくのです。
蘇ったグリンですが、永久に生きられるわけではなく、身体は腐敗に向かっていきます。
限られた時間の中で事件を解決し、自分を殺した人物を探り当てなければならないのです。
アメリカでの葬儀の方法や風習についての描写も深く、グロテスクなだけではないミステリーなので、読み進めていくと知識欲も満たされていきそうです。
死者が生き返るという設定のおかげで唯一無二の謎になる
訳書かと思われるほど緻密に精巧に描かれた外国文化が印象的です。
日本の小説でありながら本格的な海外ミステリーであり、刊行から二十年以上経ても高く評価されている作品です。
死者が蘇るという一見突飛な設定も、見事にリアリティを持っており、エンバーミングというものを通して読者にも生と死のあり方を問いかけてくるところがすごいですね。
ただ人が殺されて謎が解かれていくという単純なミステリーに飽きてきた方におすすめしたいです。
死者が生き返るという現象が何度も起こってしまう世界なので、殺人がいつ行われたものなのかを解くのが難しくなっています。
そして、殺人者の動機が何なのか、読者は予想外の答えに驚かされるでしょう。
舞台が日本ではなくアメリカの片田舎、そして霊園という死者との距離が近い場所に設定された理由もそこにあるのかもしれませんね。
スマイリーの後妻・モニカと、長男であり後継ぎのジョンの考え方などに共感できるかどうかが読後感を大きく左右すると思います。
キリスト教の教義や死の受け止め方が個々人により違うため、より深く読み込めるでしょう。
全編的に硬くなく、ユーモアやブラックジョークも感じられるのも良いポイントです。
ラストシーンは心に残る。
ラストシーンが何とも言えず記憶に残るものとなっています。
主人公・グリンの人物描写がしっかりされているからこそ、彼の結末に涙してしまうこともあるでしょう。
ミステリーは淡々と人が殺されるため、感情移入しにくいものも多いですが、この作品は死生観も含めた一人の人生がきっちりと書き込まれています。
時間を置いて読むとまた違う感想が生まれるかもしれません。
複雑な人間模様の中、愛憎も通常なら殺した時点で終わりを迎えますが、本作では死者が蘇ってしまうので、事件が繰り返されてしまいます。
当主のスマイリーは自殺して蘇り、これまでに殺されたジェイムズも蘇ります。
死者と生者の区別がなくなっていく中、それでも命を奪う理由は何か、「死」とは何をさすのか、哲学的なことまで考えさせてくれる良質なミステリーです。
この作品が時を経て愛され、ランキングでも上位を獲得しているのも納得していただけるでしょう。
涼しくなった秋の夜長や旅の夜など、長い時間があるときにゆっくり読むのがおすすめです。
コメント
コメント一覧 (4件)
ホワイダニットの名作ですね。
エンバーミングを主とした葬儀屋家業の描写も楽しいですし、特殊設定ミステリの嚆矢としての価値も大変なもの。
人物造形も素晴らしく、グリンの懐の深い優しさは大好きです。
この作品は新本格に分類されると思うのですが、すっかり現代の古典という感じですね。
時に、特殊設定もので言うと、西澤保彦氏の最新作「幽霊たち」が出版されましたね。
賛否両論有りそうな危ういトリックですが、物語性がトリックに説得力を与えていて個人的には面白かったです。
「屍人荘」なんかもヒットしましたし、今後も当時設定ミステリには目が離せません。
いやはや、名作ですね。
私も大好きな一作です。
特殊設定ミステリの価値は本当に高いですよねえ。
西澤保彦氏の『幽霊たち』、私も読みました。近々記事にしたいと思っております。
私もこの手のトリックは大好物なもので、大変ニヤニヤさせていただきました。
西澤保彦氏、やっぱり良いです(*´ω`)
ですね!今後はどんな設定のミステリが登場するのでしょう。楽しみで仕方ありません!
オールタイムベスト級と言っていいほど秀逸ですよね。山口雅也の本格観は一見すると異質なものに感じられるようですが、ミステリとしての骨組みは驚くほどしっかりしており、小説としての奥深さを感じさせてくれます。時にコミカルな、時にホロリと泣かせるような描写は流石です。新人らしい奇想を活かそうとする気構えと新人らしからぬテクニックがあわさった大傑作だと思っていて、新本格作品の中でも思い出深いもののうちの一つです。
まさにオールタイムベスト級、間違いなしですね。
そうなんですよ、一見異質で中身は本格。たまりません。
初めて本作を読んだ時の衝撃、今でも覚えています。
新版で読み返しましたが、やはり面白い作品でした。
私も山口雅也氏の作品描写は大好きです。特にこの生ける屍の死は思い出にも残る大傑作で、ぜひ多くの人に読んでほしい一作でもあります!