タイトルの通り、失われていく美しい風景の中で確かに存在した異形のものたちを描く短編集です。
母の遺品整理のために実家に戻った邦彦が、遺言に導かれて不思議な出会いを果たす「面」。
亡くなった友人がかつて住んでいた森の中の家に訪れた主人公。友人と多くの時間を過ごしたその家の中で、主人公がある恐ろしい事実に気づく「森の奥の家」。
日影歯科医院という歯科医院で歯の治療をしてもらった香澄。しばらく経ってから、当時一緒に住んでいたいとこが日影歯科医院について不気味な出来事を話し始めます。(「日影歯科医院」)
その他、夫の洋服ダンスの中から恐ろしいものを発見する「ゾフィーの手袋」、曰くつきの宿に宿泊したテレビディレクターを描く「山荘奇譚」、住んでいた女性が亡くなり、荒れ放題になっていた隣家から夫が出てくるのを目撃する「緋色の窓」といった、不気味な怪談が6篇収録されています。
小池真理子『異形のものたち』
母の遺品整理のため実家に戻った邦彦は農道で般若の面をつけた女とすれ違う――(「面」)。“この世のものではないもの”はいつも隣り合わせでそこにいる。甘美な恐怖が心奥をくすぐる6篇の幻想怪奇小説。
ホラー小説は古いものから新しいものまでたくさんありますが、今作にはひたひたと後ろから何かがにじり寄ってくるような不気味な雰囲気があります。
この世に存在するはずのない異形のものが、しかし確かにそこにはいたように思わせてくれます。
いずれも「今のは何だったんだろう?」と背筋が凍るような恐ろしさを描きながら、それだけではないもの悲しさ、甘美さを感じられるのも本書の特徴です。
主人公たちの目を通して本当に人ならざるものを見てしまったような、なんとも言えないリアルな描写にドキドキすることでしょう。
主人公を含め登場人物は清廉潔白ではなく、皆どこか後ろ暗い部分があるというのも現実味があり、自分に重ねてしまう方も多いでしょう。
あるいは、こんな嫌な感じの人いるよなあ、と身近な存在にあてはめて読むこともできます。
何気ない顔をして生きているあの人も、どこかで不気味な体験をしているかもしれません。
ホラー映画のようなわかりやすい幽霊が登場したりミステリ小説のようなはっきりとした解決があるわけではなく、日常の中にふらりと現れる恐怖を描いています。
実際にはありえないと思いつつ、決して否定しきれない絶妙なラインを描いており、その巧みさにも感服です。
さらに、頭の中で映像が浮かぶリアルさが本書の魅力を底上げしています。
今のところ映像化の予定はありませんが、映像化されればよりこの恐怖が際立つことでしょう。
小池真理子氏本人も怪談好きを公言しており、随所から怪談への愛を感じられます。
近代化が進む中で失われていく美しい風景や人と人のつながりなどもしっかり描かれており、ノスタルジックな雰囲気に浸ることもできるでしょう。
甘く冷たい恐怖と戦慄――大人のための幻想怪奇小説集。
小池氏は本作を書くにあたり、この世のものではない存在をどう描くかをとくに意識したそうです。
妖精や怪物といったイメージしやすいものは作風に合わず、それでいて存在が確かではない異形を読者にどう伝えるか。
転勤の多かった両親とともに過ごした数々の家での経験や、幽霊が見えたという母のエピソードをもとに丁寧に書かれています。
作品を通して、小池氏が人間の生死をどのように考えているのかを垣間見ることもできるでしょう。
その他小池氏はホラー小説の他、恋愛小説やミステリ小説も数多く発表しています。
短編が多く、短い物語の中に人と人のつながりや感情の揺らぎ、トリックなどが綿密に組み込まれている作品ばかりです。
今作「異形のものたち」のようなホラー小説が好みなら「危険な食卓」や「間違われた女」、「墓地を見おろす家」の他、「怪談」、「短編セレクション サイコサスペンス篇2 贅肉」などをチェックしてみてください。
この世のものではないものを描くホラーから人間の恐ろしさを描くサイコホラーまで、後ろを振り返るのが怖くなるような読後を味わえるでしょう。

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