2020年に発表されたミステリ短編の中から、本格ミステリ作家クラブ選りすぐりの7編が収録された傑作集です。
まずは簡単に内容をご紹介しましょう。
1.笛吹太郎『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』
昨夜のアリバイを証明しなければならないのに、その時間に自分が飲んでいた居酒屋が見つからずに焦る小説家。
ミステリ好きの出版関係者らがカフェでわいわいおしゃべりをしながらその謎を解決します。
2.羽生飛鳥『弔千手』
平安時代末期、平清盛の異母弟、平野頼盛が謎解きをします。
舞台は鎌倉御所。そこに源頼朝、その長女である6歳の大姫、琴や琵琶を奏でる優美な官女などが登場し、怨霊の祟りが・・・。
3.降田天『顔』
地下鉄内殺傷事件に巻き込まれた高校テニス部エースについてYouTubeドキュメンタリーを作るため、報道部の女子が密着取材。
その中で二人それぞれの嘘がだんだんと明らかになっていきます。
4.澤村伊智『笛を吹く家』
親子三人の散歩の途中で出会った幽霊屋敷は、暗く湿っぽい雰囲気に包まれています。
かつてこの家の周りで子どもが行方不明になる事件が相次いだというのですが・・・読者はまんまと作者にだまされます。
5.柴田勝家『すていほぉ~む殺人事件』
秋葉原のメイド喫茶で起きた密室殺人事件。
コロナ禍でリモートお給仕をするメイドの配信を見ながら、ビデオチャット上でおしゃべりをしていたボクが事件に巻き込まれます。
6.倉井眉介『犯人は言った。』
別れ話のもつれから犯人は女性を灰皿で殴り殺してしまいます。犯人視点で描かれた倒叙ものでありながら、犯人当てにも挑んだ意欲作です。
7.方丈貴恵『アミュレット・ホテル』
裏世界に生きる人々のニーズに応えるアミュレット・ホテル。
用心棒である主人公がオーナーに呼ばれて高層階のスイートルームに行ってみると、そこにはソファに横たわる死体。誰が、どうやって、彼を殺したのでしょうか。
バラエティの豊かさとクオリティの高さの両立
ここに収められた珠玉の7編は、ミステリの世界の幅広さと奥深さを体験できるものとなっています。
犯人を当てる正統派の本格推理だけではなく、倒叙ミステリ、安楽椅子探偵もの、学園ものなど、いろんなジャンルのミステリが詰まっています。
作品の味わいもハードボイルド風からコージーミステリ風まで、ユーモアタッチからホラータッチまで、甘酸っぱい青春ものから渋い探偵ものまでと、バラエティ豊かです。
時代も幅広く、平安時代から、新型コロナウイルスに翻弄される2020年にまで及びます。
探偵役もさまざまです。関係者を質問攻めにして真実を突き止める美人警部。
スランプから抜け出ようとあがくテニス部スターの悪夢の謎を解きつつ、自らも同じ事件をめぐって葛藤する女子高生。
変わり者ながら美しく頭脳明晰な秋葉原のプロのメイド。
理詰めで真相を追っていくちょっと怪しいホテル探偵。みんな魅力的です。
工夫が凝らされた設定とストーリー
7編それぞれに、豊かなイマジネーションから導き出された独自の設定とストーリーが光っています。
長い歴史を持つミステリの伝統を下敷きにしながらも、二番煎じではない独自性を望むのがミステリファンです。
作家たちはそんな読者の欲求に応えるべく、想像力を駆使して新たな謎を生み出し、様々な論理を追及しながらそれを解決していくのです。
短編ですから、登場人物一人一人を深く描いたり、心の動きをつぶさに追ったりはできません。
そこにあるのは、舞台設定の斬新さと、謎やトリックの面白さです。
犯人がどんなトリックを仕掛け、探偵役がどうやってそれを暴いていくのかが見ものなのです。
そこに、作家が読者を欺くために仕掛けられたトリックが絡みます。
どんでん返しの連続に、読者は「そう来たか」とつぶやかずにはいられないでしょう。
読者をあっと言わせるために作家たちが意欲的に創造したストーリーには、ミステリのエッセンスが凝縮されています。
【コロナ禍の2020年に生まれた作品】
2020年。
誰も予想だにしなかったパンデミックが世界を襲いました。
テレビで見る人影のない都心の映像は、まるでSF映画を見ているよう。
人々は、いきなり死というものを身近に感じざるを得なくなりました。
現実の方がSF以上に非日常になってしまったのです。
そんな中、想像の翼を広げるのが得意な作家たちは、何を感じ、どんな物語を紡ぎ出したのでしょうか。
いつも以上に、書斎に閉じこもり、孤独を感じ、人の生き死にに思いをめぐらせたにちがいありません。
もともとミステリ小説とはふだんの生活とは別次元で繰り広げられる世界です。
そこで読者は、謎が解決されたときの快感や、思いがけないものに遭遇したときのスリルや刺激を楽しみます。
『本格王2021』は、そんなミステリの世界の中で、未曾有の災厄に影響を受けつつ生み出された作品集です。
私たちを襲うウイルスは憎いけれど、小説を読む楽しみは増したといえるかもしれません。
みなさんも最新のミステリ短編のきらめきを味わってみてください!