こちらの作品は短編集(アンソロジー)となっていまして、それぞれの作者がそれぞれの味をだしてうまくまとめてくれてあり、いいとこどりのようになっています。
参加してくださった作家さんは、青崎有吾さん、斜線堂有紀さん、武田綾乃さん、辻堂ゆめさん、額賀澪さん、の5名。まさに今ノリに乗っている作家さん達。
というわけで、どんなお話が収められているか早速見ていきましょう!
1.武田綾乃『その爪先を彩る赤』
校則のゆるい学校なため男子の制服を来ている薫と、履く靴によって性格が変わるという多重人格の愛美のコンビが、演劇部で紛失した赤い靴とその犯人を探す物語です。
こちらの作品の魅力というか、テーマはなんといっても、「アイデンティティ」だなと思います。
女の子らしさを押し付けられてきた薫が男子の制服を着ると心が軽くなるように、履く靴が変わると気分が変わるという愛美のように、誰しも「自分らしさ」である「アイデンティティ」があるのではないかと感じさせてもらった作品でした。
2.斜線堂有紀『東雲高校文芸部の崩壊と殺人』
東雲高校の文芸部の仲間たちは最高の仲間であり、そのメンバーで過ごした文化祭は最高のものになったーーーーーはずだった。あの事件が起こるまではーーーー。
短編ながら見事な本格ミステリーとなっております。
動機や殺害方法は高校生らしいシンプルなものでありながら、アリバイ工作やトリックは本格的でありそのバランスが絶妙であり短い小説の中にしっかりとまとめられていて読み応え抜群。
終わり方もいい意味で裏切られた作品でした。
3.辻堂ゆめ『黒塗り楽譜と転校生』
校内合唱コンクールを一週間後に控えたある日、クラスメート全員の楽譜が塗りつぶされるという事件が起こる。
伴奏担当の明日香とクラスメートで幼馴染の変わり者の畠山が事件の真相を探る。
1枚1枚黒く塗りつぶすという手間のかかる犯行や、その動機がいかにも学生らしくほっこりとした作品でした。
学生ならではの恋愛や友情なども同時に描かれていて、まさに青春の中の1ページというような作品であり、青春ミステリーと呼ぶにふさわしい作品です。
4.額賀澪『願わくば海の底で』
舞台は東日本大震災から5年後。当時失った友人や家族の最後の足取りを探しながら、あの日一体何があったのか、を追い求めていく作品。
東日本大震災の5年後を舞台に描かれており、人は5年・10年・15年というスパンで区切りをつけていくというテーマでした。
奇しくもこの作品を読んだのは12月であり、あと3ヶ月で東日本大震災から10年の時を迎えることになります。
ちょうど区切りの年であり、感慨深いものでした。
これはフィクションですが実際にこのような体験をしている人は大勢いるのだろうと思います。
あの地震が、津波が世界の全てを変えてしまったという人たちが大勢いるのが思い浮かぶだけに読み終わった後は、切ないような悲しいような気持ちになりました。
しかし、同時にあの悲劇を忘れないために、この作品を読んでよかったと思わせられる作品でもありました。
5.青崎有吾『あるいは紙の』
さすが若き平成のエラリー・クイーンこと青崎有吾さん、とっても面白かったです。
校内で煙草の吸い殻が見つかり、新聞部がその調査に躍り出る。
煙草を吸ったのは生徒か、教師か?新聞部がスクープを目指して動き出す。
”放課後探偵団”というタイトルにふさわしい作品だったと思います。
校内に落ちていた煙草の吸殻から新聞部が犯人を探すというストーリーは青春の部活動という感じでした。
犯人はわりと早い段階で見つかりますが、自白をとるために奮闘する彼等の様子が魅力的でした。
それぞれの作家さんの持ち味がよく出た心に残るアンソロジー
というわけでこちらの作品は、1990年代生まれの俊英5人による学園ミステリ・アンソロジーでした。
構成も、最初は軽い内容、次にちょっと重く、その後また軽く、そしてズドンっと重く、最後は軽く、という基本的ないい配置でとても読みやすかったです。
私は本格ミステリが好きなので比較的重めの作品を好む傾向がありますが、昨今ではビブリア古書堂の事件手帖や珈琲店タレーランといった日常ミステリを描いた作品が人気がありますね。
そのような好みの方も、私のような好みの方も両方楽しめる、かつそれぞれの作品に触れることができるのがアンソロジー(短編集)の魅力かなと思いました。
短編で読みやすいのでちょっとした空き時間にも読むことが可能ですし、とてもおすすめな作品です。
どちらかといえば作者が90年代生まれということもあり、若い方向けと思われがちですが、4話目の額賀澪さんの「願わくば海の底で」この作品だけは年齢に関わらず、全ての日本人に読んでいただきたいと思います。
この1話だけでも十分買う価値があるでしょう。
もちろん他の作家さんの作品もとても面白いので、ぜひお手にとってみてくださいな。
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