篠たまき『人喰観音』- カニバリズムを題材にした幻想ホラー小説の名作

分限者の薬種問屋に拾われた女、スイ。

並外れて美しく豊饒な肉体を持つ彼女は、人の形をして人にあらざる「観音様」だった。

歳を取らず、当時は珍しい肉食を行う彼女は、かつて暮らしていた村で村人たちに疎まれ、人柱として生き埋めにされた過去があった。

生き延びるために死肉を喰らった彼女は、段々と奈落へ向けて堕ちていく──周りを巻き込みながら。

穀潰しの惣領息子と出戻りの老媼、男を好む旦那様と忠誠を尽くす石女、夜通し輪姦されその一人と結婚されられた女。

スイに魅了された彼らは、スイと主人である男との間に癒しを見出し、彼らを喜ばせるために自ら進んで人肉を提供するようになる。

時には自分の生んだ赤子さえも人肉として差し出すようになる彼女たち。

スイと関わる人間は、スイも含め、男も女も皆人の道を踏み外していくのであったーー。

目次

人の堕ちていく様をまざまざと見せつけられる描写

スイという歳を取らない女性を中心に、倫理を外れた男女の行き着く先を描く本作。

彼女を中心に堕ちていく人の様子がまざまざと表現されており、そこが本作の見どころの一つと言えます。

並外れた美貌と豊艶な体を持ち、まるで観音様のような見た目のスイ。

歳を取らない長命の彼女ですが、ある時村人のために生き埋めにされ、生きるために死肉を喰らいます。

そこから奈落へと堕ちていく彼女自身の悲しみ。

そして、スイへと人肉を差し出す女性たちにもそれぞれ哀しい背景が。

結婚したものの子どもが授かれず石女として蔑まれる女性、望まない行為と結婚を迫られた箱入り娘とその妹。

自身は無垢でふわふわと漂うような雰囲気を持つスイに、彼女たちがどう魅せられて道を外れていくのか、その結末から目が離せないでしょう。

結局のところ、罪のない「観音様」を怪異に変化させてしまったのは、人間の悪意だったのではないか。

そんな人間のおぞましい部分をこれでもかと描写している作品と言えます。

グロテスクでありながらも美しい描写

本作の見どころの二つ目が、グロテスクかつ美しい描写の数々。

人肉を食べるという設定上、“食事中”の場面など時には目を覆いたくなるような描写があるのも事実。

しかしそれでも読み続けられるのは、おぞましくも美しい描写のおかげ。

作者の描く一種耽美なエログロの世界を楽しめる方にはうってつけの作品と言えそうです。

あらゆる世代・あらゆるタイプの読者に勧められるという本ではありませんが、ごく限られた人にはグッと刺さる魅力を持っています。

また、作者はかつてあった(そして今もあるはずの)不平等の時代を描写することも厭いません。

あらすじを読んで無理かも……と思った方は、まだ読むときではないのかもしれません。
それほど読む人を選ぶ内容となっている本作。

逆に言えば、ハマる人にとっては読後もふと思い出すような余韻を残す名作になる可能性を秘めているでしょう。

エログロと言っても胸が悪くなるような過激な描写ではありません。

美しくもグロテスクな世界を味わいたい方は、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

読む人を選ぶが名作になる可能性を秘めている作品

本作の作者である篠たまき氏は、2015年に『やみ窓』という作品で第10回『幽』文学賞短編部門大賞を受賞し、その翌年に同作品でデビューした小説家。

『やみ窓』ではベランダの外に現れる異世界を主題に、怪異との交流や現実世界の人間の嫌な部分を書き出し、デビュー作でホラー小説家としての評価を確かなものにしました。

そして篠たまき氏の作品にとって欠かせない要素となっているのが、本作にもたびたび登場するグロテスクなシーン。

ただグロテスクなだけでない、読者に訴えかける美しさのあるエログロ描写は、“江戸川乱歩のようなエログロを目指したい”とする作者ならではのものではないでしょうか?

また、もう一つ彼女の作品を唯一無二のものにしているのは、その時代の女の境遇や悲劇に視点を当てているという点。

虐げられた女性の哀しさや怒りに焦点を当てることで、一見非現実的にも見える物語に現実性を持たせているのです。

本作は、デビュー作『やみ窓』に続く第2作目。

合計で5作ほど、それぞれ趣向を凝らしたホラー小説を発表しています。

今作を読んで自分に合っていると感じた方は、高確率で他の小説にもハマれるはず!

美しくもおぞましい、哀しくもどこか安らぎのある篠たまきワールドにどっぷりつかるチャンスです。

ぜひこの機会に!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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