変わり者だが解剖の腕は超一流の光崎教授が率いる浦和医大法医学教室に、城都大附属病院の内科医・南条が訪れる。
なんでも前日に急死した前都議会議員・権藤の死に疑問があると言うのだ。
権藤の死因は肝臓がんとみられたが、9ヶ月前に受けた健診では問題なかったらしく、その病理経過に不信を感じたのだという。
一方その頃、捜査に駆り出された埼玉県警の古手川は、権藤の甥が毒殺を目論んでいた証拠を掴んでいた。
しかし光崎による司法解剖で導き出された真相は寄生虫による感染症だった。
おそるべき感染症が発覚し、しかも遺体は1つにおさまらない・・・。
彼らの共通点や感染源の解明に挑む―。
一作目から二年後の現場を描く長編作品
本作は中山七里氏の「ヒポクラテスの誓い」シリーズの第三弾です。
物語は第一弾から二年後の時点からスタートします。主人公として活躍し続けていた栂野真琴は研修医から助教授へと昇格。
横柄でありながら天才的な腕を持つ法医学者光崎藤次郎のカリスマ性に魅入られ、その道に進んでいます。
彼女が成長するまでの空白の期間を想像できるのも面白いポイントです。
「ヒポクラテスの誓い」「ヒポクラテスの憂鬱」では複数の短編が最後に一つの事件につながるという連作短編集の形を取っていましたが、今作はシリーズ初となる長編作品です。
変死体を解剖すると謎の感染症が発覚し、その原因を突き止めるために栂野たちが奔走する…という物語です。
これまでにない展開が待っているので、シリーズを読み続けている方も新鮮に楽しむことができるでしょう。
中山氏の、読者を飽きさせない工夫を随所に感じられる一冊です。
一方で、すでにキャラクターや舞台設定がかなり確立されています。
そのため説明が省かれている部分が多く、前作、前々作を読まずに本作だけ読むと少し理解しにくい部分があるかもしれません。
余裕がある方はシリーズを通して順番に読み進めることをおすすめします。
感染症や人種差別問題に切り込む
これまでの「ヒポクラテスの誓い」シリーズは、変死体が発見され、その解剖をおこない、断定されていた事実とは違う真犯人にたどり着く…というのが定番の流れでした。
それぞれの死体は無関係なようでいて実は一つの事件につながっている、という展開も、定番ではありますが予想できない物語の運び方で読者を楽しませてくれました。
ですが今作は長編となっており、一つの死体から物語が壮大に広がっていきます。
寄生虫が感染症の原因となっており、その根源はどこから発生したのかを主人公たちが究明していきます。
感染症と言えばほとんどの人が新型コロナウイルスを連想するのではないでしょうか。
現実に起きている社会問題を取り込むのが上手い中山氏ならではの観点を楽しむこともできます。
さらに本作を語る上で欠かせないのは人種差別問題です。
舞台がアメリカに移動することで、日本で暮らしているだけでは気づきにくい根強い差別問題があらわになります。
ネットニュースを見ているだけでは気づけない差別問題についても深く考えさせられることでしょう。
読む人によって感じ方が変わるラストに注目
これまでの解剖がメインの短編集とは違い、今回は解剖の描写はやや少なめ。その分登場人物たちが謎に迫っていく様子が丁寧に描写されています。
物語の舞台がアメリカに移動したことによって、第一弾から登場しているキャラクター、キャシー ペンドルトンの過去も明らかになります。
本作では感染症や人種差別といった問題についても深く切り込まれており、物語のラストで事件は解決するものの「本当にそれでよかったのだろうか?」と疑問に思わざるをえません。
意外な人物が真犯人ですので、丁寧に読み進めていても最後の最後で「まさか!」と驚いてしまうでしょう。
爽快な展開ではなく後味の悪い終わり方ではありますが、その分「どうすればよかったのだろう」、「自分に何かできることはあるのではないか」と考えさせられます。
本作を最後まで読んでどう思うかは人それぞれですが、現代を生きる私たちが今直面している問題でもあります。
読み終わったあと自分が感じたことをまとめてみたり、すでに読んだ方と意見を交換したりするのも面白いでしょう。
前2作品よりも強いメッセージが込められた作品ですので、じっくり味わいながら読んでみてください。

