小学六年生の高橋みのりは、突然に父を亡くし、山形の集落に引っ越してきました。
これまでの生活とは何もかも違う新しい環境に圧巻されながらも、家の近くの神社でであった同い年の藤崎怜と心を通わせ始めます。
さらに西野隼人、犬飼雛子といった同級生たちとの交流も深めていきます。
心優しい怜と乱暴な隼人は正反対の性格をしているのにいつも一緒にいることを、みのりはなんとなく不思議に思います。
事件が起こったのは、地域で毎年開催される「向日葵流し」の前です。
この「向日葵流し」は、向日葵を灯篭に乗せて川に流し、子どもの成長を願うという行事です。しかし、行事を前にして向日葵の花がすべて手折られてしまいます。
誰がこんなひどいことをしたのか、と思うみのりですが、地域の人々は「向日葵男がやったに違いない」と口を揃えます。
向日葵男とは何なのか、どんな男なのか、誰が向日葵男なのか…。みのりは4年間の成長の末、ようやくその結論にたどり着きます。
彩坂美月『向日葵を手折る』
「向日葵男」の正体を探るミステリー小説ではありますが、青春小説としての一面も非常に色濃い作品です。
二人の少年と少女の幼いそれぞれの家庭の事情、心の葛藤を描いた成長過程の物語、という感じ。
主人公のみのりや彼女を取り巻く同級生たちの成長を丁寧に描き、さらに田舎、集落という密接した地域で暮らすことの難しさも描いています。
閉鎖的な空間の中で、外から来たみのりのような人間を受け入れられない人もいます。
しかし反対に、田舎、集落ならではの心温まる関係があることも確かです。他人と深くかかわりあって生きていくとはどういうことなのかを考えさせられる作品になっています。
また、風景の描写も丁寧で、本当に美しい景色を眺めているような気持ちにさせてくれます。読後は思わず向日葵祭りの美しい光景を想像してしまうことでしょう。
作者の彩坂美月氏は、元々田舎や地方都市を舞台にした作品を得意としていました。東北で生まれた経験をベースに、身近にある遊びや祭りを取り入れ、リアリティのある作風を習得しています。
今回の「向日葵を手折る」は、彩坂氏の母の話にヒントを得て作られました。田舎で暮らすとはどういうことなのか、どんな体験ができるのかなど、非常に繊細な部分まで書き込まれているのも納得です。
作品の重要なキーワードとなる「向日葵男」の意外な正体には胸が切なくなります。これは、丁寧に主人公たちの成長や集落の閉鎖的な空気感が描かれてきたからこそです。
ミステリー要素はやや少なめ、どちらかと言うと青春小説の色が強い作品ですが、だからといって物足りないということもありません。
恋模様や、友情、思春期ならではの葛藤、家族の問題等々が絶妙に描かれており、ミステリとしても「向日葵男」という謎めいた人物が終始ストーリーを引っ張っていくので、400ページ超という長さが全く気になりません。
序盤に張られていた伏線がラスト周辺で一気に回収されていく流れは非常に気持ちがよく、一気に読みすすめてしまうことでしょう。
優れたミステリーであると同時に、少年少女の成長を瑞々しく描いた傑作であることがわかります。
丁寧な描写が多く400ページ以上あるやや長めの作品ですが、それも気にならないくらいスラスラと読めます。瑞々しい空気感を楽しみつつ、謎解き要素も楽しみたいという方はぜひ手に取ってみてください。
彩坂美月氏は2006年に『偽りの夏童話』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビューして以来、次々に作品を発表しています。
ミステリー小説でありながら、子どもたちの心の成長や周囲の大人との関わり方などを描く力も長けており、さらに前述のように田舎や地方都市の描写も得意です。
誰もが幼い頃に経験したような、見たことがあるような風景を描き、一気に世界観に引き込んでくれます。
作品を書き上げる際には「ノスタルジック」と「ハッピーエンド」を大切にしており、一番好きな季節である「夏」も多く登場します。
いずれの作品も切ないながらも胸が暖かくなるような作品ばかりですので、「向日葵を手折る」を気に入ったら、他の作品も読んでみても良いでしょう。ぜひ惹かれるタイトルをチェックしてみてください。
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