中央情報局(CIA)の凄腕スパイ・フォーチュンはマフィアから命を守るため、シンフルと呼ばれる小さな田舎町に潜伏中であった。
フォーチュンが町に到着してから仲良くなった保安官助手カーターとのディナーを控えていたそんなある日、カフェ店員の女の子・アリーの家で火事が起きていることを知らされる。
幸い彼女の命に別状はなかったが、その火事は放火によるものであることが判明する。
同年代の親友であるアリーが何者かによって狙われていることを知ったフォーチュンは、彼女を救うため、老婦人コンビのガーディとアイダ・ベルとともに犯人探しを始めることとなる。
誰からも恨みを買われそうにないアリーが、なぜ放火事件に巻き込まれてしまったのだろうか。
そして、アリーを狙った犯人は一体誰なのだろうか…….。
個性的なキャラクター達が繰り出す、痛快コメディミステリー。
町の人々によって変化するフォーチュンの心境
本作は、ユーモア要素満載のミステリー作品『ワニの町へ来たスパイ』の完結から約3週間が経過した田舎町・シンフルの事件を描く物語です。
ワニ町シリーズ4作目であるにもかかわらず、フォーチュンが町に来てまだ3週間しか経っていないという事実は、多くのファンを驚かせてしまうかもしれません。
これまでの過去作を読んで、町の人々と連携して大胆に事件を解決するフォーチュンの姿を多数目撃してきた読者にとっては、「すでに半年以上経っているのでは?」と錯覚してしまうことでしょう。
そのような忙しない毎日が続く中で、フォーチュンの心境の変化が大きく揺れ動く描写が数多く張り巡らされている点は、本作の見所の1つ。
これまでのシリーズ作品で登場してきたフォーチュンは、CIAに所属するプロのスパイという職業柄、常に冷酷でハードボイルドな印象が強く残されていました。
しかし今回の物語では、町に潜伏するという命令遂行を第一に考えるエージェントの一面を持ちながらも、恋愛や友情の関係性の発展を通じて、1人の普通の女性としての価値観を大事にする姿勢が窺えます。
シンフルへやってきた当初は「早くこの場所から去りたい」という気持ちが強かったフォーチュンですが、現在ではすでに町の大切な一員として認識され始めるほどの変わり様です。
4作目である本書の物語は、フォーチュンの心境の変化や町への感情移入を表す描写が過去作以上に盛り込まれているため、まるで温かな人間ドラマを観ているかのような気持ちになれる作品に仕上がっているのが特徴といえるでしょう。
コメディミステリーに散りばめられたロマンス展開
もはや主役級の老婦人コンビといえるガーディとアイダ・ベルとのユーモアに溢れたやりとりを描くシーンは、安定の見所ポイントといえます。
ワニ町シリーズの世界観を十分に味わうために、こうした個性的でパワフルなキャラクター達の存在は、必要不可欠といっても過言ではないでしょう。
しかし本作では、老婦人達に比べてあまり目立たない保安官助手カーターと、主人公フォーチュンのロマンス描写が前面に押し出されている点も注目すべきポイントです。
好意からついフォーチュンの言動に口出ししてしまうカーターと、相手の気持ちに気付きながらも、いつも通りスパイとしての任務を全うするように努めるフォーチュンのやりとりを追っていくと、自ずと愛着が湧いてしまうことでしょう。
お互いに進展を実感しながらも、思うように距離を縮めることができない2人の不器用な関係性は、まるで青春ストーリーの世界観に浸っているかのように甘酸っぱく、ドキドキする展開が盛り沢山です。
事件解決までの過程で数々のロマンス描写が絶妙なタイミングで飛び込んでくるため、ミステリーならではの緊迫感を味わえると同時に、恋愛小説特有のドキドキ感も楽しむことができます。
コメディミステリー要素満載の忙しないストーリー展開の中で、テンポを適度に和らげるロマンス描写がふんだんに盛り込まれているため、ミステリー小説をあまり読み慣れていない方にもぜひおすすめしたい1冊です。
とにかく楽しいミステリが読みたい人にピッタリのシリーズ
本作は、前作『ワニの町へ来たスパイ』に続く、シリーズ4作目のコメディミステリーの物語です。
前作までのストーリーに引き続き、序盤からパワフルな老婦人達との軽妙なやりとりで進行していくのが特徴ですが、4作目では、これまで以上にフォーチュンの「人間らしさ」に焦点を当てているように感じます。
1作目から読んできた方にとっては、本書を読み進める中で、田舎町での生活にすっかり馴染んだフォーチュンのふるまいや心境の変化に度々驚かされることでしょう。
すべてのものを武器として扱うほどに冷酷な存在であったかつてのフォーチュンは、町で登場する温かく力強い登場人物の存在により、徐々にいなくなりつつあります。
フォーチュンと町の人々の間には、恋愛や友情、信頼できる仲間との強い絆などの数々の関係が築かれていくため、どの人物に主軸を置いても感情移入してしまうことでしょう。
また、今作では、これまで以上に前面に押し出されたカーターとの恋愛描写も見逃せません。
温かな心を取り戻すだけでなく、「1人の女性として見られたい」という新しい意識も芽生え始めたフォーチュンの心境の変化に触れることで、つい応援してしまいたくなるはずです。
ミステリー、ユーモア、ロマンスの3つの要素がバランスよく散りばめられた作品に仕上がっていますので、これらのテーマに興味がある方はぜひ読んでみていただきたいです。



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