片岡草魚という俳人がひっそりと息を引き取りました。
俳句仲間であった飯島七緒はその死の理由を知るために、彼の故郷を訪れます。(「花の下にて春死なむ」)
その他、「家族写真」、「終の棲み家」、「殺人者の赤い手」、「七皿は多すぎる」、「魚の交わり」といった六作が収録されています。
いずれも物語の軸となるのはビアバー、「香菜里屋」。
マスターである工藤が客から持ち込まれるさまざまな謎を解き明かしていきます。
このビアバーには4種類のビールがあり、客はそれぞれの気分や好みに合わせてオーダーします。
ビールに合うおつまみが出されたり、マスターの話を楽しんだり。
すべての作品で主人公たちがこの店で謎を解き明かし、マスターとビアバーに癒されていきます。
北森鴻『花の下にて春死なむ』
全編に流れる優しい空気感が魅力
今作はミステリー小説ではありますが、血生臭い話や後味の悪い話、陰惨な話などはありません。
ほとんどが「香菜里屋」で客からもたらされる話をマスターが独自に解釈して解決していくというストーリーです。
いわば安楽椅子探偵の形をとっていますが、それぞれの物語に登場するビールやおつまみの描写が良い刺激となり、どの作品も飽きずに読み進められるでしょう。
マスターの人柄や「香菜里屋」の雰囲気がとても良く、読み終わるころには自分もこんなお気に入りのバーを見つけたい!と思ってしまうこと間違いなしです。
料理の描写も非常に秀逸です。よくお酒を飲みながらおつまみを自分で作る、という方なら、本作に登場するおつまみと同じものを作ってみても楽しいかもしれません。
本作を読みながらお酒を飲み、おつまみを食べれば、まるで物語の中に入り込んだような気分も味わえますよ。
「香菜里屋」の常連客気分でぜひ楽しんでみてください。
ミステリー小説としての完成度ももちろん高く、短編集でありながらしっかりとした読み応えを堪能できます。
中にはやや強引な謎解きのものや、「本当にそうだったのだろうか?」と思わせられるラストの物語もあります。
が、それもすべてマスターの推理の一つに過ぎないのだと思えば納得できます。
どうしても謎が明らかにならないと気が済まない!という方でも、二作、三作と読み進める内に「香菜里屋」の雰囲気に慣れてくることでしょう。
いずれの物語にも派手な事件や大掛かりなトリックは登場せず、あくまでも日常に潜む奇妙な出来事を描いています。
もしかしたら自分たちの身にも起きるかもしれない不思議な出来事は非常に興味深く、ミステリーをたくさん読んできた方にこそ楽しんでもらいたい一冊です。
新装版が登場したばかりですので、お持ちでない方はぜひ手に取ってみてください。
人気シリーズの第一作目
北森鴻氏は「狂乱廿四孝」で鮎川哲也賞を受賞したことをきっかけに数々のミステリー小説を世に発表してきた作家です。
残念ながら2010年に亡くなられていますが、現在でもその多くの作品を楽しむことができます。
中でも「狂乱廿四孝」を発表した翌年に日本推理作家協会賞の候補作となった今作「花の下にて春死なむ」は、香菜里屋シリーズの第一作目となる記念すべき作品となりました。
不思議なビアバー香菜里屋のマスターが謎を解決していくこのシリーズは、『桜酔』、『蛍坂』、『香菜里屋を知っていますか』といった続編が登場しています。
シリーズを読み進める内に常連客の一人にスポットが当たったり、マスターの過去が明らかになったりと、物語全体をより楽しめるようになっています。
今作が気に入ったら、ぜひ次回作もチェックしてみてください。
いずれも連作短編集の形を取っているため読書経験が少ない方でも比較的読みやすく、時間が空いたときに気軽に読めます。
本当に良いシリーズですので、お手にとってみてくださると嬉しいです。
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