ホスピスで起きた3件の連続不審死事件。
末期がん患者に安楽死を行ったとして、医師である神崎秀輝は裁判にかけられていた。
証人席からは亡くなった末期がん患者の妻・多香子の悲痛な声が響くが、神崎の口からは依然として何も語られず、他2件の不審死についても疑惑が降りかかるのみだった。
患者思いで熱心だとされていた医師は果たして事件に関わっているのか。
目の前で苦しむ患者の訴えに神崎秀輝は何を思ったのか。
安楽死をめぐり患者と家族、そして医師の在り方が問われる。
頑なに沈黙を貫く医師が命を前に辿り着いた答え、そして事件の真相とは?
安楽死をテーマに命を巡る物語が描かれる―。
安楽死の是非を問う医療ミステリー
この作品のメインのテーマは「安楽死の是非」についてです。
主人公の神崎秀輝は優しく患者思いの優秀な医師でしたが、患者を安楽死させたとして裁判にかけられます。
大切な家族を奪われた遺族の悲痛な叫びには読んでいて胸が痛くなります。
ですが安楽死した患者は末期がんでした。もう助かる見込みもなく、体も心もどんどん変わっていきます。
もう昔のようには戻れない、家族に迷惑ばかりかけてしまう、そして本人にしかわからない壮絶な苦痛の日々の中で、患者が安楽死を望むことは当然のことのようにも思えてきます。
しかし患者が望んだだけで安らかな死にたどり着けるわけではありません。
その処置をしてくれる医師がいなければ安楽死は成り立たないのです。
海外では安楽死制度を導入している国も多いですが、日本ではまだそのような制度は整っていません。
患者が「死にたい」と言ったからという理由で人間の命を奪ってしまっていいのか、その後の医師の処遇や気持ちはどうなるのか。
少子高齢化が進む日本でも、近い将来に安楽死に真正面から向き合わなければならない日が来るのではないかと感じさせられる作品です。
重厚な物語の構成
今作はただ「命の重さ」「安楽死の是非」だけを描いたものではありません。
主人公の神崎は、今回裁判にかけられた患者・水木雅隆の安楽死の他にも2件の安楽死の疑惑がかけられていました。
裁判にかけられてもひたすら沈黙を貫く神崎は何を思って患者を安楽死させたのか、彼の背景についても重厚なエピソードが描かれています。
神崎が今回患者を安楽死させるとう選択を取った理由は「患者の願いを聞き入れたかったから」という単純なものではなく、もっと壮絶なものでした。
そんな神崎が最後にどのような答えを見出すのか、ぜひ見届けてください。
また、登場人物の一人である刑務官の心情が詳しく描かれているのも印象的です。
彼の苦悩が描かれることによって物語がより一層ずっしりと重みのあるものになっています。
重たいテーマの作品ではありますがミステリーとしてもしっかり機能しており、読み応えは抜群です。
「安楽死」についての正しい答えというものは無い分、ミステリー部分は誰が読んでも納得できる内容になっています。
いつもとはちょっと違うミステリー小説を読みたい、とことん物語に没入できるミステリー小説を読みたいという方はぜひ手に取ってみてください。
話題作「同姓同名」作者の新作!
作者である下村敦史氏は2014年「闇に香る嘘」で江戸川乱歩賞を受賞したミステリー作家です。
現在39歳という若さですが、すでに5回江戸川乱歩賞の候補作となった経歴があり今ミステリー業界でも注目している方が多い作家です。
2020年に発表された「同姓同名」では、登場人物のほとんどが同姓同名というこれまでにない斬新な内容が高く評価されました。
そんな下村氏の最新作である「白衣」は、末期がん患者を安楽死させた医師を描く医療ミステリーです。
安楽死、尊厳死については世界中で古くから議論されていますが、人間の命を人間が奪うことの是非については未だに答えが出ていません。
ですが、人間としての人生を謳歌できない人を無理に延命させることが正しいのか?ということについても深く考えなければならないと感じさせられました。
作者が安楽死を肯定するか、否定するかによって物語の流れが大きく変わりそうな内容ですが、どちらの視点からもしっかりと描かれており、どう感じるかを読者にゆだねる描き方になっていました。
下村氏の作品を読んだことがある方にも読んだことがない方にもおすすめしたい、医療ミステリーの新たな傑作です。
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