これはある交番で勤務している2人の警察官を中心とする物語です。
1人目が巡査部長である貴衣子。彼女は元々刑事課に所属していたのですが、とあることがきっかけで交番勤務に自ら異動していました。
性格は真面目で正義感が強く、仕事熱心です。そこが原因で一度離婚を経験しています。
2人目が掴みどころのない新米警察官の里志です。
彼はある意味、貴衣子以上に過酷な過去を持っているため、あまり人に関心がありません。
それゆえに、周りから誤解されるような言動をとってしまうため、たびたび事件が起こるたんびに、貴衣子を含めた上司にお叱りを受けています。
そんな2人がとある奇妙な殺人事件を解決していくわけですが、彼らの仕事はそれだけではありません。
交番勤務だということもあり、地域住民の困り事にも対処していくわけですが、意外にもそこが事件の解決の糸口に繋がっていきます。
また、事件を通して、貴衣子と里志2人の意外な人間性も見えてくるので、最初から最後まで楽しめる作品となっています。
松嶋智左『匣の人』
さて、この作品の見所はたくさんありますが、まず1つ目の見どころは警察組織内の人間関係です。特徴的で面白味があります。
著者が元白バイ警官だということもあり、生々しさがありました。やはり、人間が組織を作っていく以上、社内政治のようなものが警察組織にもあるのでしょう。
そこを部署間のパワーバランスや役職、性別といった角度から、上手く表現していましたね。
また、刑事課は刑事課、交番勤務は交番勤務の領分があるようで、交番勤務の貴衣子はたびたび、その正義感から領域を踏み越えて、事件に首を突っ込んでしまいます。
そこで刑事課の面々といざこざが少しあるのですが、市民の安全を優先するか、組織内の規律を優先するかとこの本を読んでいると考えさせられます。
他にも色々と警察組織ならではの人間関係が具体的に生々しく描かれています。
貴衣子と里志の関係性が面白い!
二つ目の見所は貴衣子と里志の関係性です。
貴衣子は日々の公務を通じ、里志に対して思うところは多々あるもののあまり里志に対して、踏み込んで何かを言うことはありません。
公務中、仕事に関しては上司として提言することはもちろんあります。しかし、それ以外の部分ではいい意味で横槍を入れることないです。
これは貴衣子が里志に対して全く興味がないと言うわけではなく、里志の過去を理解しているがゆえの配慮なのです。
また、作中、里志に対して、気づきを与えるような質問を投げかけるのですが、最終的にこれが彼の精神的な成長に繋がっていきます。それらも含めてとても興味深かったです。
3つ目の見どころは、殺人事件や近隣住民の困りごとを解決するプロセスです。
いきなり人が殺されたりと序盤緊張感が走るのですが、交番勤務だということもあり、ちょこちょこ近隣住民からの困りごとも同時進行で解決することになります。
そこがちょっとした箸休めになり、個人的に好きでした。
しかし、最後の最後に「ただの箸休め」ではないことに気づくでしょう。
なぜなら、ラストになるにつれて事件解決に関係なさそうなあらゆる出来事が実は裏で繋がっているからです。
そこを意識しながら読むとなおこの作品を最初から最後まで楽しむことができると思います。
4つ目の見どころは、外国人留学生の考え方や日本での生活状況です。
彼らはとても家族思いで真面目な性格をしています。それゆえに家族にできるだけ多くの仕送りができるよう、夜遅くまでバイトしています。
もちろん普段は学生生活を送っているため、勉強も頑張らなければいけません。
優秀な成績を修めていれば、奨学金の額が増えたり、ビザの期間が延長したりするため、寝る間も惜しんで勉強とアルバイトに勤しんでいます。
同じ境遇に身をおいているからか外国人留学生間の絆は硬いようです。
この作品ではさらにその描写が詳しく描かれているため、全く知らない彼らの生活を知ることができます。
ミステリー×ヒューマンドラマ系ならこの一冊がおすすめ!
本作品では殺人事件が起こるのですが、ミステリー要素はあまり強くはありません。
むしろ、警察組織内部や警察官と近隣住民のヒューマンドラマを緻密に描いているため、事件を通して、登場人物達の心情がどう変化していくのか必見です。
また、警察組織の内部事情や日々の勤務内容について興味のある方には是非おすすめしたい作品です。
著者が女性で元白バイ警官であるからでしょう。そこのバックボーンが活きているなと感じる描写が多くあります。
例えば、普段の警察官の業務です。上司である貴衣子に新米警察官である里志が毎日日報のようなもの提出していたり、事件現場を発見したときはその日報+αとして事件の報告書を提出していました。
この他にも様々な業務があり、警察官ってこんなこともしているんだと気づくことでしょう。
上記で警察に興味のある方におすすめすると記述していましたが、本作品は、基本的にリズムの良い会話調であるため、興味がない方でもこの作品に引き込まれると思います。
現在インターネットが普及し、さらにコロナ禍にあります。
ゆえに、人と人との繋がりが希薄になってきており、少なからず、人の温かさというものが恋しくなってきているのではないでしょうか。
そんな方に本作品は本当に心に染み入ると思います。ぜひ一読してみてください。
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