大雨で氾濫した川から、ひとつの箱が流れてきた。
限られた人にしか中身が見えない、不思議な箱だった。
少年・陽と、同級生の少女・絵影には、中が見えた。
そこには、ミニチュアの人々、王や貴族、竜や吸血鬼などがいる、ファンタジーのような世界が広がっていた。
驚くべきことに彼らは作り物ではなく、生きてこの箱庭世界で暮らしていた。
ある日絵影が、箱庭世界で殺人鬼に苦しめられている人々を見て、自分がこの世界に入り、助けると言い出した。
陽は「箱庭世界に行けば、こちらの世界にはもう戻れない」と感じ、絵影を止めるが―。
箱庭から始まる6つの物語を、圧巻のスケールで描く連作短編集。
繋がりのある6つの世界
『箱庭の巡礼者たち』はファンタジー色の強い短編集です。
この世には我々が生きている世界とは別の世界がいくつもあって、ある箱を覗き込むと観察でき、行くこともできる、という設定です。
描かれている世界(物語)は6つで、それぞれ場所や時代が全く別ですが、ゆるやかにリンクしています。
その繋がりが、各話の合間に挟まれるエピソード「物語の断片」によって徐々にわかってくる仕組みになっています。
短編集ですが、好きなところから読むのではなく、ぜひ最初から順番に読んでみてください。
どんどんリンクし、ひとつの壮大なストーリーになっていく様子に、時空の果てしなさを感じながらの素敵な読書体験ができます。
各話のあらすじと見どころ
『箱のなかの王国』
陽が見つけた箱の中では、ファンタジーのような世界が広がっており、そこでは人々が理不尽に殺されていました。
陽と一緒に観察していた絵影は、彼らを助けるために箱の中へ入ります。
見どころは、絵影の勇気と、彼女が現実世界で抱いていた絶望です。
どんな絶望が、彼女を箱庭世界に入る勇気を抱かせたのか…。
『物語の断片1 吸血鬼の旅立ち』
ミライと吸血鬼ルルフェルの旅立ちの物語です。
ミライは知りたかったのです、自分の祖母が元いた世界のことを。
祖母の名前は、「エカゲ」といいます。そう、あのエカゲです。
『スズとギンタの銀時計』
大正時代の日本が舞台です。
父を亡くしたスズとギンタが、不思議な銀時計を手に入れます。
ボタンを押すと未来に行けるのですが、使うたびに化け物のような気配を感じるようになり…。
不幸な姉弟がタイムトラベルでお金を稼ぐ様子にワクワク!
その裏で、どこか不気味な雰囲気が漂っているところが絶妙です。
『物語の断片2 静物平原』
ミライとルルフェルは旅の途中で、戦闘中の30万もの兵士を見かけます。
戦闘中ですが、彼らはピクリとも動いていません。
時間が止まってしまっているのです、ある時計が原因で…。
『短時間接着剤』
ギンタの孫・才一郎は博士となり、特殊な接着剤を発明します。
「この世のものを何でも接着できる。ただし効果は7時間だけ」
とてつもなく強力だけれどタイムリミットのある接着剤で、一体何が行われるのか。
ゾッとするようなダークさが魅力です。
『物語の断片3 海田才一郎の朝』
才一郎の作ったロボットが、インプットされていない物語を話し始めます。
スズの物語、そしてルルフェルの物語を―。
短いながら、各話をリンクさせるテクニックが見事なエピソード!
『洞察者』
研究所で育てられ、恐るべき記憶力と洞察力を持った少年者の物語。
見たもの全てを覚え、予知レベルの洞察までできるのですが、それゆえに気付かなくても良い事に気付き、巻き込まれていくスリルが見どころです。
心温まるラストも素敵。
『物語の断片4 ファンレター』
中学生の祥子は、児童文学作家スズのファン。
ある日、自分の中にルルフェルの記憶があることに気付き、スズに手紙を書いてみるのですが―。
伏線をたっぷりで、ドキドキすること必至!
『ナチュラロイド』
王になった少年が、身の回りの世話も、執務も、ロボット「ナチュラロイド」に任せるようになります。
ある日、廃棄される予定のナチュラロイドから、驚くべきことを聞かされて―。
全く予測できない展開や衝撃的なラストが見どころです。
『円環の夜叉』
死んだはずの自分が生きていて、しかも80年が経過しており、家族は既に亡くなっていました。
どうやら不老不死になってしまったようなのですが、そんな中で、息子の生まれ変わりに出会います。
クライマックスに相応しい、壮大なスケールの物語!
時空を超えても結ばれる絆に、感動の涙が止まらなくなるかも?
『物語の断片5 最果てから未知へ』
吸血鬼だけれど、人を決して襲わないルルフェル。
悠久の時を過ごしてきた彼のもとに、ミライの孫娘が訪ねてきます。
一緒に旅に出よう、と。
これからまた新たな物語が始まるのだろうと、読者の空想の扉をめいいっぱい開いてのフィナーレです!
様々な異世界を堪能できる作品
恒川光太郎さんと言えば、現実世界と隣り合う異色な世界を描くことに長けた作家さんです。
デビュー作の『夜市』がまさにそのテイストであり、卓越した発想力と表現力から、直木賞の候補に選ばれほどです。
そして本書『箱庭の巡礼者たち』でも、やはり「拾った箱から異世界が見えた」という、現実世界と繋がる異世界が描かれています。
が、登場する世界はひとつではなく、次々に増える上、世界観もぶっ飛んでいきます。
ロボットが政治を担っていたり、人が鉱物生命体になったりと、現実世界とかけ離れていくのです。
そういう意味で『箱庭の巡礼者たち』は、恒川 光太郎さんらしい作品でありながら、その作風を広げ、新たな領域を見せてくれる作品と言えます。
異世界モノが好きな方、時空を超える雄大な物語が好きな方には、ぜひおすすめしたい一冊です。
読みながら、ルルフェルたちと一緒に自分も様々な世界を渡り歩いているような気分になれるでしょう。
コメント
コメント一覧 (1件)
管理人さま毎度ながらご無沙汰です。
恒川さん…又面白そうなのを書かれましたね…
あらすじをざっと見る感じ、構図としては「滅びの園」に、おもちゃ箱をひっくり返した雑多な感じを加えたエンタメ要素が強い雰囲気がします。「スタープレイヤー/ヘブンメイカー」っぽさもちょっとあるのかな?
きっと恒川さんらしく耽美さとおどろおどろしさの絶妙なラインを突いてくるんでしょうね。
読むのが楽しみです。