シアトルで古書店を営む主人公・ヘイゼルは、ある日養祖父であり天才数学者でもあるアイザック・セヴリーが自殺したという知らせを受け取る。
ヘイゼル宛てのアイザックの遺書には、これからアイザックを含め三人の人物が死ぬこと、ヘイゼルに対してアイザックの研究を破棄してとある「方程式」を届けてほしいと頼む内容が記されていた。
なぜアイザックはヘイゼルに奇妙な依頼をして死んでしまったのか?
そうまでして届けたかった数式とは何なのか?
数学者の家系にありながらも自身は数学が苦手なヘイゼルは、無事に養祖父の願いを達成できるのか?
数式をめぐるサスペンスに挑む中で、ヘイゼルは養祖父アイザックの死の真相に近づいていく。
ノヴァ ジェイコブス『博士を殺した数式』
数学の知識は不要!?な数式ミステリー
まず断っておくと、本書を読むために特別な数学の知識は必要ありません。
数学の素養が無いと理解ができず読み進められない……などということは無く、すらすらと呼んでいくことができます。
著者であるジェイコブスはとあるインタビューで、「タイトルにある数式とは“マクガフィン(=物語を進めるための物・主人公を動かすための物の意)”である」と述べ、特に数式が重要であるわけでは無い、究極的には数式でなくとも良いと表現しています。
本書は数式そのものの謎を解く物語というよりも、皆が狙う数式をめぐる人間関係や家族の葛藤、祖父の死の真相というサスペンスを楽しむ物語と言えるのです。
そもそも、天才数学者であるアイザックの依頼を受けたのは、数学に秀でた一族の中にありながら数学の才を持たずそれに対してどことなく後ろめたさを感じていたヘイゼルです。
読者は、どちらかといえば数式をめぐって成長を遂げるヘイゼルの物語を見届けることになります。
複数の視点から語られる、数式と家族の物語
養祖父アイザックの遺志を受け、数式をめぐる謎を追い始めるヘイゼル。
本書は、このヘイゼルを含め三人の人物の視点から描き出されます。
二人目は、ヘイゼルの兄であり警察官のグレゴリー。
アイザックは「警察に通報してはならない」と忠告しているため、ヘイゼルはグレゴリーに相談することができません。
グレゴリーはグレゴリーで心に闇を抱えており、彼の行動が終盤で物語に絡んできます。
三人目は、アイザックの息子でありヘイゼル・グレゴリーの叔父であるフィリップ。
彼もまた数学に秀でた才能を持っているものの、父であるアイザックとは理論の考え方において決定的な相違を持っていました。
そんなフィリップに対し、アイザックの最後の研究を求めて怪しげな組織が接触。
そこまでして手に入れたい数式とはいったい何なのか?
アイザックの最後の研究はどこに隠されているのか?
ヘイゼルが謎解きを進めるにつれ、セヴリー家の人々の運命や愛憎、人間関係が明らかとなっていきます。
やはり作者の言うとおり、数式自体が主題というよりも数式をめぐる人間関係や家族模様がこのミステリーの要と言えるのでしょう。
数学が好きな方もそうでない方も、ぜひ読んで欲しい一冊
表題に数式という文字が入っているから“こそ”本書を手に取った方、反対に数式という文字を見て読むかどうか躊躇している方。
数学が好き・数学が苦手、どちらの方が読んだとしても、本書は読みごたえのある作品となっています。
数式や数学が好きな方にとっては、登場人物に数学者が多く、アカデミックな世界が描写されていて、何より数式が主題の一つとなっている本書は楽しめるものとなっているでしょう。
また、数式や数学が苦手という方にとっても、“数学者や彼らの人間模様・業界を取り巻く事情”に焦点を当てた物語は興味をそそられるのではないでしょうか?
数学者たちの言葉が思わぬヒントとなっているなど、純粋に物語として楽しめる要素が満載です。
数学が好きであっても苦手であっても夢中で読み進めることができる一冊と言えます。
「数学は苦手だけれども、気後れするほどの数学への強い憧れがある」という方が、一番主人公に近い目線で物語を見届けることができるかもしれませんね。
たくさんの登場人物が織りなす人間模様がリアル
上記で紹介したヘイゼル・グレゴリー・フィリップを始め、本書には多くの登場人物が出てきます。
これらの登場人物の描写が丁寧にされており、それぞれ良くも悪くも個性的、良い部分も悪い部分も持ち合わせた人間味のあるキャラクターとして動いているのです。
人物造詣や登場人物たちの織りなす人間模様といった話に興味がある人におすすめしたい作品と言えます。