1979年、高校生だったぼくたちは、夜に廃校舎に忍び込んでは、向かいのアパートで暮らす女性教師・蛭田美由紀の私生活を覗き見していた。
美由紀は毎日男を連れ込んで性交渉をしており、ぼくたちはその様子を眺めることが、日課のようになっていたのだ。
しかしある日、いつもと違うことが起こった。
アパートに女性が訪ねて来て、美由紀を背後から殴り倒し、首に紐状の者を巻き付けたのだ。
その女性は、美由紀と男女の関係にあった貝沼の妻で、しかも貝沼は、その晩に何者かに殺害されていた―。
デビュー25周年を迎えた西澤保彦氏の、渾身のミステリー短編集!
粋を極めた5編のミステリー
『偶然にして最悪の邂逅』には、ミステリー短編が全5編収録されています。
『ひとを殺さば穴ふたつ』
『リブート・ゼロ』
『ひとり相撲』
『間女の隠れ処』
『偶然にして最悪の邂逅』
どれも舞台は同じ町ですが、それぞれ独立した物語なので、どの作品からでも読み始めることができます。
『ひとを殺さば穴ふたつ』
殺されて幽霊になった人物の物語です。
気が付くと自分は死んでいて、しかも38年も経過していました。
誰に殺されたのか、なぜこの場所に埋められたのか、幽霊の身で真相を探っていきます。
この作品は、殺された側からの視点というところが面白いです。
なにせ殺されたのが「自分」ですから、他殺と比べるとより切実に真相を暴きたくなりますし、その真剣さが読み手をも夢中にさせてくれるのです。
そして衝撃の結末に至るのですが、これが非常に巧みで、どんでん返しが好きな方なら必見と言えるでしょう。
『リブート・ゼロ』
こちらは、家庭内でのドロドロとした関係を描いたサスペンスです。
義理の妹と男女の関係でありながら、義理の母とも関係を結んでいるという、背徳感あふれる人間関係の中、殺人事件が起こります。
妻を殺したり、その罪を義弟に着せたりと、とにかくエゴが炸裂していて、短編ですが読み応え十分!
状況がどんどん不可解になっていくため、頭の中で登場人物や関係性を整理しながら読む必要があります。とにかく複雑ですし、伏線の張り方も絶妙なのです。
さんざん頭を悩ませてくれますが、最終的にはきれいに収束するので、さすがベテランミステリー作家と絶賛したくなる作品です。
『ひとり相撲』
入院中の元教師が、元教え子に自分の罪を告白する物語です。
なぜ殺したのか、死体をどう処理したのか、誰の手の平で踊らされたのか、それらが少しずつ判明していきます。
見どころは、「ぼくはかつて人を殺したことがある……はず」と、元教師の記憶があやふやな点。
事実と異なっている可能性があり、読み手はそこに注意しながら真相を探っていくことになるので、推理しがいがあります。
『間女の隠れ処』
ミステリー作家が、友人2人に未発表の原稿を見せ、犯人を当てさせるという物語です。
この原稿は、作中で40年以上前に起こった殺人事件がモチーフとなっています。
友人2人は読みながら、徐々に自分たちの過去が描かれていることに気づき、青ざめていきます。
過去の事件をそれとなく模した作品を、当事者たちに読ませるというシチュエーションが面白いです。
意外性のあるラストには、「そうきたか!」と、思わず膝を打ちたくなります。
『偶然にして最悪の邂逅』
こちらは表題作で、あらすじは冒頭でご紹介した通りです。
高校生が、女教師・美由紀の私生活を覗き見していた時に、思いがけない事件を目撃してしまったという物語です。
この作品の面白いところは、登場人物のそれぞれが、不可解な行動をとっているところ。
たとえば美由紀は、いつもカーテンを開けて生活していました。
そんな状態では、外から人に見られてしまうのは当然ですし、だからこそ読み手は「もしかしたら、事件に巻き込むために、わざと見せているのかもしれない」と勘繰りたくなります。
このように、行動の端々から何かが見えてくるので、推理脳をフル回転させながら楽しめる作品です。
真相はこれまた意外性に富んでいて、捻りの見事さは、つい拍手したくなるほど!
推理脳をとことん刺激してくれる良作揃い
『偶然にして最悪の邂逅』は、デビュー25周年を迎えた西澤保彦さんが、満を持して世に送り出した短編集です。
西澤保彦さんは刊行と同時期に還暦を迎えたそうなので、二重の意味で記念すべき一冊と言えます。
そのためか『偶然にして最悪の邂逅』には、「時の流れ」を感じさせる作品が多いように思います。
たとえば『ひとを殺さば穴ふたつ』では、殺された人物が、38年後に幽霊となって事件に挑みます。
『ひとり相撲』は、自分が過去に犯したであろう罪を、あやふやな記憶の中から探っていきます。
『間女の隠れ処』では、ミステリー作家が40年以上前の事件を模した作品を友人に見せ、謎解きをさせます。
このようにいずれの作品も、登場人物が過去を振り返ることで話が進んでいきます。
これは作者の西澤保彦さんが、デビュー25周年や還暦という節目を迎えるにあたって、「振り返ることの大切さ」を示しているのだと思います。
過去の記憶には、いい思い出もあれば古傷もあり、思い出すと感慨深くなったり、頭を抱え込みたくなったりするものですよね。
そしてその中には、時が流れた今だからこそ理解できること、気付けることがあるはずです。
それにより、過去や今まで過ごしてきた時間が、より意味のあるものになるのではないでしょうか。
『偶然にして最悪の邂逅』には、西澤保彦さんからのこのようなメッセージが込められているような気がしてなりません。
長年のファンにはもちろん、より成熟したベテランのミステリーを読みたい人、人生の節目を迎えた人にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です!