作家デビュー後、二作目をなかなか執筆できずにいた弧木。
編集者から勧められて、「月灯館」に住み込んで原稿を書くことになった。
そこは本格ミステリー作家の天神が所有する館で、天神自身を始め、多くの作家が執筆しながら共同生活をしていた。
早速向かった弧木だが、ある雪の晩、恐ろしいことが起こった。
「この館に集いし七名の作家は、七つの大罪により処刑されることが決まりました」
謎のカセットテープからの声で、全員が死を宣告されたのだ。
宣告の通り、まずは翌日にある人物の死体が発見された。
それを皮切りに、次々に作家たちが無残に殺されていく。
月灯館で繰り広げられる連続殺人、一体誰のどんな目的によるものなのか。
作家たちの七つの大罪とは何なのか。
古今のあらゆる本格ミステリーに一石を投じる話題作!
殺しを描く作家たちが殺される
『月灯館殺人事件』は、ミステリー作家たちの集まる月灯館で起こる連続殺人事件を描いた作品です。
館は雪で閉ざされ、通信手段も使えないという完全なクローズドサークル状態。
そんな中で作家たちが、ひどく残忍な方法で次々に殺されていくのです。
これだけでもう最高ですよね。
たとえば最初の犠牲者は、宙吊りの首無し死体となって発見されます。
しかも食堂のシャンデリアの上から吊るされているという酷い姿で。
ミステリー作家といえば、日頃からあの手この手の密室殺人のトリックを考え、ショッキングな殺害現場を創作しているわけですが、『月灯館殺人事件』ではまさにそのような形で作家たちが殺されていくのです。
なんとも皮肉的であり、そこがこの作品の見どころのひとつです。
さらに興味深いのが、殺害の理由として挙げられている、七つの大罪。
【傲慢、怠惰、無知、濫造、盗作、強欲、嫉妬】の合計七つで、作家たちはこれらの罪により、犯人に処刑(殺害)されます。
この七つが具体的にどのような罪なのか、そこも物語の大きな鍵です。
そして主人公の弧木の様子にも注目です。
月灯館に来たばかりの超若手であり、先輩作家たちでさえ太刀打ちできずにバタバタと殺されていく中で、弧木が一体何をするのか。
ぜひ行動のひとつひとつを、見逃すことなく丁寧に追ってくださいね。
それがこの物語を、一段と面白く読ませてくれるはずです。
ラスト一行が全てをさらけ出す
さて、いくつかの見どころを挙げてきましたが、『月灯館殺人事件』には最後の最後の最後に、超絶ものすごいオチが用意されています。
これが最大の見どころであり、じっくり読んで辿り着いた方であれば、ぶっ飛んでしまうこと間違いなし!
わずか一行ですが、これを見ればそれまでのからくりの全てがわかり、作者の意図もわかり、衝撃を受けることになります。
といっても、実は物語の冒頭から多くのヒントが散りばめられています。
たとえば弧木が月灯館にやって来るシーンですが、迎えに行ったはずのメイドがなぜか一緒にいないのです。
また、ある情報について知らないはずの人物が、知っているとしか思えない行動をとっていたりします。
こういった、よくよく考えると「ちょっと変だな?」と引っかかる部分が随所にあるのですが、それらはことごとくヒントです。
でも一度目に読んだ時にはきっと気付くことができなくて、オチを読んだ時に初めて「あ!」と合点がいきます。
ここが作者の上手なところであり、意地悪なところでもあり、この作品の最大の魅力だと思います。
そのため読了したら、ぜひもう一度読み直してみることをおすすめします。
「ここにもヒントが!あ、こっちにも!」と、数多くの発見を楽しめるはずです。
冒頭の、メイドが同行していなかったシーンを読み返すだけでも、「こんなにも早い段階で情報が出ていたなんて!」と気付き、悔しくて地団太踏みたくなるかもしれません。
ということで『月灯館殺人事件』は、一度目も楽しく読めますが、二度目にはもっと楽しく読める作品です!
本格ミステリーへの警鐘と愛情
『月灯館殺人事件』の舞台設定や展開は、館モノではド定番です。
ある館にミステリー作家たちが集まっていて、そこが雪で閉ざされ、通信も遮断され、そんな中で残忍な密室殺人が繰り返し起こる。
ミステリー好きの方であれば、読み始めてすぐに「どこかで見たことがあるような話だなぁ」と感じることでしょう。
「このパターンはもう読み飽きた」と、読む気を失う方もいらっしゃるかもしれません。
でも、絶対に序盤で本を閉じることなかれ!
この「ド定番な設定と展開」こそが本書の狙いであり、作者の北山猛邦さんからのメッセージなのです。
というのも、本格ミステリーと言われている作品たちは、現在ある状態に陥っています。
その原因は、現状を当たり前のように受け入れている書き手と読み手の双方にあります。
北山猛邦さんは『月灯館殺人事件』を執筆することで、これらをシニカルに指摘しつつ、警鐘を鳴らしているのです。
これだけではピンと来ないかもしれませんが、読み進めていくうちに必ず作者の真意に気付くはずです。
また、読了後は「本格ミステリー」というものに対する見方がガラリと変わると思います。
だからといって『月灯館殺人事件』が本格ミステリーを否定する作品というわけでは決してありません。
むしろ、愛情に満ち満ちています。
「現状や問題点をも含めて、本格ミステリーが好きで好きでたまらない」
そんな作者の心の声が聞こえてきそうですし、読み手も自身が同じ気持ちを抱いていると再認識できるのではないでしょうか。
とにかく『月灯館殺人事件』は、本格ミステリーを愛する人にこそ読んでいただきたい作品です。
深すぎて闇のようになってしまった愛を、どうか改めて感じてみてください。
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