柚月裕子『月下のサクラ』- 組織に巣くう不条理な倫理。 刑事・森口泉が闇に挑む!

東京で3年間OL生活を経たのち、故郷、米崎県に戻って県警の広報課で一般職として働いていた森口泉。

ある事件を追及する中で理不尽な現実に直面し、刑事になって自分の信念を貫こうと決意するまでが前作『朽ちないサクラ』でした。

それから5年。

揺るぎない意志と粘り強さでがむしゃらに勉強し、訓練を重ねて抜きんでた記憶力を身に着けた泉は、ついに県警捜査支援分析センターの機動分析係の刑事に抜擢されることになります。

現場で得られた情報をITを駆使して分析し、捜査を支援するセクションです。

着任早々、県警本部内で盗難事件が発生しました。

会計課から九千五百億円という大金がなくなったのです。

捜査を進めるうち、2か月ほど前に一身上の都合で退職した元会計課長が捜査線上に浮上します。

ところが、まもなくこの元課長が死亡。そこに現れたのは外国人組織犯罪を捜査する公安警察。

絡みあう黒い疑惑に正面から向き合う泉と仲間たち・・・。

目次

【ぐいぐいと読者を引っ張る力強いストーリー展開】

発端は県警の会計課で起きた多額の現金の盗難事件です。

前作とは直接つながりのない独立した物語ですから、この作品から読み始めてもまったく問題ありません。

犯罪を取り締まるべき警察の内部で事件に、読者はすぐにこの物語の世界に引き込まれます。

防犯カメラの記録を詳細に調べる手法や、容疑者の追跡の中で発揮される泉の人並外れた記憶力にはインパクトがあります。

そこに詐欺事件の受け子や中国人の犯罪組織がかかわり、公安警察の影がちらつく。

そんななか、泉を引き立ててくれ、正義感が強くて仕事熱心な上司の黒瀬には、突然、謹慎処分が言い渡されます。

そして警察上層部の家族をめぐる疑惑・・・。

読者はテンポよくスリリングなストーリーの展開に引っ張られて、ページをめくる手を止められなくなります。

最後はなかなかハードボイルドです。泉は女性ながら、男たちの荒っぽい世界にも敢然と立ち向かいます。

まさに危機一髪。読者はハラハラドキドキしながら結末まで一気に読み進むことになるでしょう。

【正義とは何か――自らの信念を貫く登場人物たち】

国を守るという公安の大義の陰で親友が殺される経験をした泉は、正義とは何かを考え続けています。

国家にとっては、大勢の命を救うために一人を犠牲にせざるを得ない場合があるかもしれないと理解しつつも、やはり誰かの犠牲の上に世の平和が築かれるのは間違っていると強く感じています。

泉のほかにも、自らの利益と保身に汲々とする人たちばかりの警察組織に愛想をつかす者、あるいはかつて自分の捜査活動が結果的に部下を死に至らしめたと考え、二度と自己嫌悪に陥るような行動をしないと心に誓っている者。

登場人物たちの葛藤とそれぞれが背負う重荷への立ち向かい方もこの作品の見どころです。

そして、多彩な能力と生い立ちを持った部下たちは、そんな上司を信頼し、全力で事件に立ち向かいます。

読者は登場人物たちの心の中を覗き込み、心意気にしびれ、すがすがしさを味わいながら物語を読む進むことになります。

最初はそれぞれ癖が強くばらばらに見えたチームのメンバーたちが力を合わせながら1つの目的に突き進んでいく様子が描かれているのもこの作品の醍醐味の1つです。

こんな上司、こんなメンバーと仕事ができたらなあと思う読者も多いことでしょう。

【深みのある人物描写と臨場感溢れる柚木裕子の世界】

柚木裕子さんの作品の中では一人一人の登場人物がていねいに描かれています。

通りすがりの者でさえ、服装や印象などが描かれていますから、情景が目に浮かび、自分もその場にいるような気分になります。

当然ながら重要な人物たちについてはもっと深く掘り下げられています。

だからこそ、読者は、それぞれの人物たちの過去の出来事や現在の心のありようを知り、彼らに魅せられていくのです。

20代で実母をがんで亡くし、その後東日本大震災による津波で、父と、父の再婚後一緒に暮らした義母を亡くしたという柚木裕子さんの経歴が、登場人物たちの造形に何らかの影を落としているのかもしれません。

『月下のサクラ』は導入部が秀逸です。

短い文章がテンポよく紡ぎ出され、読者をぐいぐいと物語の世界へ引き込みます。

プロローグの最後の2行で、読者は思わず「あ、そうだったんだ」と声を出し、第1章へと突入せずにはいられないでしょう。

そして、そのままストーリーを追って一気読みしてもよし。

ときどき立ち止まり、背景や登場人物たちの心の中に思いを馳せたり自分自身に目を向けたりしながらじっくり味わって読むもよし。

1日の仕事を終えた夜、あるいは諸々の役割から解放されてぽっかりと時間が空いた週末。

読書好きにとっては至福のひとときです。

そのひとときを柚木裕子さんの世界にどっぷりと浸かって過ごしてみませんか。

ワインかミルクティーが傍らにあれば最高。

映画化やテレビドラマ化された作品も多く、目下、油の乗りきった注目の作家、柚木裕子さんの新作は、あなたの期待をけっして裏切らないはずです。

ぜひ読んでいただければ幸いです。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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