向かっているのは、遺影専門の写真館だ。お母さんが死んだあと、祭壇や仏壇に飾るための写真を、これから撮ってもらうことになっている。
P.10より
舞台となるのは、下上町(しもあげちょう)というちょっと変な名前の町で、北側のへりにある西取川を越えると、上上町(かみあげちょう)に入る。
そこにある鏡影館(きょうえいかん)に、歩実はお母さんと一緒にやってきた。お母さんの遺影を撮ってもらうために。
中に入ると、たくさんの写真が並んでいた。皆、ここで撮影をした人だという。
つまり、ここに写っている人はもう死んでしまっているということか。
そんな中。
お母さんが、一枚の写真の前でハッと息を飲んだのがわかった。
その写真を見つめるお母さんの目に、強い何かが浮かんでくる。身体の中で急にふくらんだものが、出口を探して、両目を内側から押し出しているみたいにーー。
P.15より
お母さんは、この写真に写っている人が「サキムラ」さんだとわかった途端、様子がおかしくなり、結局その日は遺影を撮ることなく帰宅した。
お母さんの言っていた「サキムラ」さんとは、誰なのか。母とどんな関係にあったのか。
歩実は不思議に思う。
道尾秀介『風神の手』
そこから、とある女子高生と青年の、淡い青春の物語が綴られて行きます。
それが第1章『心中花』。
もうすでに「良い物語感」が強烈にしますが、その通りです。
第2章『口笛鳥』では、「まめ」と「でっかち」というあだ名の、小学生2人が遭遇した事件が語られていきます。
第3章『無情風』では、病に侵された老女が「あの日」の出来事について告白をする。
そしてエピローグ『待宵月』では……。
おっと、ここまでにしておきましょう。
あらすじや内容については、できる限り知らないで読んだ方が楽しめます。間違いなく。
簡単に言うなら、鏡影館という遺影専門の写真館と、上上町と下上町を舞台に繰り広げられた、とある物語。
三つの中編とエピローグが合わさり、一つの長編小説となっています。
なので、出来る限り「一気読み」することをおすすめします。登場人物をメモしながら読むとなおさら良いでしょう。
なぜなら、それぞれの話に繋がりがあるからです。
各話にしっかり仕掛けとオチをつけておきながら、パズルのピースをはめていくように綺麗に全体像が見えてくる。思わず「そうか、そういうことだったのか」と、ため息が出てしまうような。
これぞ道尾ワールドですね。
とにかく「ああ、美しい物語を読んだなあ」という読後感に包まれます。読んでみてくれとしか言いようがない。
もうすでに、道尾秀介さんの作品って好きなんだよねえ、という方は読んで間違いありません。
道尾さんの作品をあまり知らない方も、『風神の手』を読めばきっと他の作品も読んで見たくなるはず。
世界は広いようで、狭いようで、繋がっている。
もしも、あの時、あの出来事がなかったら、自分はここにいないかもしれない。
たとえそれが、ある人の過ちだったとしても。
父親と母親が出会っていなければ、当然いまの自分は生まれていない。その父親と母親だって、それぞれの父と母が出会ったから生まれたのであって、エトセトラ、エトセトラ。
考え出したらキリがありません。
この『風神の手』を読んでいる自分も、誰かが犯した過ちによって生まれたのかもしれない。
もしかしたら自分の犯した過ちが、誰かを誕生させるキッカケになったのかもしれない。
しかし、それも運命だ。
人生とは不思議なものだと、つくづく思う。
何が言いたいのかわからなくなってきましたが、人間とは、誰もが過ちを犯すこともあるし、恐ろしいほどの悲しみにぶち当たることもあるけれど、それをも乗り越えて生きていこう、ということです。
こんなちっぽけな自分だって、あらゆる偶然が積み重なって生まれた、奇跡のような存在なのだから。
ーー風って、どうやって吹くのかな。
源哉や歩実が生まれるずっと前。
ーー最初に、何があるんだろ。
P.398より
コメント
コメント一覧 (6件)
構成、あらすじ、くわえて道尾さんの作品ということで、読むのはもう確定です。道尾さんといえば物語の構成が上手いのが魅力だと思うんですよねえ。こういう話がとても好きなので、むっちゃ期待しています。見落としていたのを紹介してくれてどうもありがとうございます。楽しんできまっす!
構成、あらすじの時点でもう面白いですよね。しかも道尾さんですからね。
道尾さんは、ほんとに物語の作り方が素敵だと、今回改めて思わされました。
「読んでよかったなあ」と感じさせてくれる作品です。ぜひ楽しんできてください!(´∀`*)
まだ読めてないですが。でも、道尾さんぽいですよね。タイトルといい。
作者名隠されて読んでも、道尾さんの文章だってわかります。
龍神、風神、だから次は雷神も書こうかなーなんて、以前トークショーで言ってましたよ(笑)
龍神の雨も良いです。
そして、まだまだ、本たまってます(笑)
今、屍人荘の殺人が佳境にきてます(笑)
いやあ、ほんとに道尾さんらしさがよく出ていました。
文体といい構成といい、道尾さんにしか出せない風味が存分に効いていました。
ええー!ほんとですか!雷神くるんですか!楽しみすぎます。
そうそう、龍神の雨も、道尾作品で特に好きな一冊です。そうか、龍神の雨も「神」の名が入った作品でしたね。
ほんと本たまっちゃいますよねー!笑。一生たまっていくんだろうなあ。。
屍人荘、ラストスパートですね。楽しんでください( ゚∀゚)
今読み終わりました!
ブラックな道尾さんもいいけど、
一見、顔やキャラに似合わない(失礼)こういう繊細で美しい物語の道尾さんも素晴らしいですよね。
やっぱり道尾さん大好き!!
最初の章から泣きそうでした。
hitomiさん!読みましたかー!
そうそう、私も同じく最初ちょっと読んだだけで
「あ、これ涙腺にくるやつだ」
って思いましたもん。
舞台が遺影専門の写真館って。完全にいい話狙ってきてますよね。ずるい!
言葉遣いとか情景描写とか、道尾さんの良さがよく表現されていましたよねえ。。