新型コロナウイルスが猛威を振るい、未来に希望を持てなくなった若者たちが、次々に自殺していった。
奇妙なことに彼らの多くに、ある共通の行動が見られた。自伝を書いて国会図書館に寄贈した上で、自殺するのだ。
かつて哲学者・陰橋冬が自伝を寄贈して集団自殺したことがあり、若者たちはそれを模倣しているようだった。
また病死したベストセラー作家・雨宮桜倉の遺作も、陰橋冬の自伝同様に、若者たちの自殺を加速していると考えられていた。
桜倉を姉に持つ葉はこのことを嘆き、人気Youtube番組で「自殺否定派」として意見を主張。
さらにネットテレビで、同じ自殺否定派の2名を加えて、自殺を肯定する3名と意見を戦わせることになった。
ところが討論会のさなか、葉たちの主張に追い詰められて劣勢になった自殺肯定派たちが、その場で自殺を図ろうとして――。
コロナ禍がもたらす死への誘惑
『エンドロール』は、コロナ禍による自殺者の急増を食い止めようとする高校生作家・葉を描いた物語です。
新型コロナウイルスによる社会の混乱は、今はいくらか落ち着きましたが、以前は大変でしたよね。
特に不利益を被ったのは若者たちで、外でのびのびと遊ぶこともできず、学校や塾での授業もひどく不自由で、それでいて「成長」も「受験」も待ったなし。
育ち盛りの今しかできないことを満足にさせてもらえず、我慢我慢の日々で、さぞ息が詰まり、不満が溜まっていたことと思います。
その不満が絶望へと変わり、次から次へと自殺して行ってしまう様子が、『エンドロール』では克明に描かれています。
コロナ禍での不便さ、生き辛さを知る我々は、かなり共感しながらこの作品を読めると思います。
自殺は絶対にダメだと頭でわかってはいても、若者たちのやるせない気持ちにも理解できる部分があり、その相反する二つの思いが、本書を格段に面白く読ませてくれます。
特に中盤で始まる自殺肯定派と否定派との討論会は見どころ。
どちらの主張もとにかく真剣で、胸に迫るものがあり、読者は息を呑みながら見守ることになります。
しかもメンバーの構成がまた、奇妙なくらい絶妙なのです。
まず自殺否定派は、高校生作家の葉を始め、人気Youtuberとサッカー名門校のキャプテンの3名で、いずれも若き成功者という感じ。
対する自殺肯定派の3名は、それぞれ作家、Youtuber、サッカー選手を目指していたけど挫折したという面々です。
つまり、「自殺否定派=勝ち組」VS「自殺肯定派=負け組」という図式になっているわけですね。
なぜこのメンバーをあえて選んだのか、討論の決着と併せて、目が離せない展開になっていきます。
哲学から一転してミステリーへ
さて、ここまでの流れだと、『エンドロール』はなんだか哲学系小説っぽいですが、中盤から急激にミステリーらしくなっていきます。
まずは討論会中に自殺肯定派が、とんでもない事態を引き起こします。
あまりにも突然かつショッキングな出来事に、読んでいて一瞬目が点になってしまったほど……!
続いて、後日別番組で討論会のリベンジマッチが行われるのですが、その撮影中にメンバーの一人が死んでしまいます。
自殺のように見えるのですが、他殺の可能性もあり、この段階では真相はわかりません。
ただひとつわかったのは、討論会に秘められていた「ある目的」についてです。
裏があったのですよ、この討論会。
この他、アイドルの自殺や、ある主要人物の正体など、物語はどんどんキナ臭くなり、謎めいてきます。
しかも途中で幾度もどんでん返しのような展開になるので、気を抜いていられません。
ギョッとさせられて、ドキドキしながらもしばらく読み進めて状況に慣れてくると、また新たにギョッとさせられるという感じが連続して起こります。
作者の手の平で踊らされている感がハンパなく、驚きや衝撃が好きな方であれば、かなり楽しんで読めると思います。
最後に明かされる真相にも、ビックリ仰天!
胸に染み入るラストシーンにも注目です。
「自殺を止めたい」という切実なメッセージ
『エンドロール』は、2021年に『スイッチ』でメフィスト賞を受賞してデビューした新人作家・潮谷験さんの三作目です。
『エンドロール』の刊行が2022年3月ですから、かなりハイペースで執筆されていることがわかります。
しかも二作目『時空犯』も、「リアルサウンド認定2021年度国内ミステリーベスト10」で堂々一位を獲得しているので、潮谷験さんはミステリー界でいま最も注目を集め、期待されている新人作家の一人と言えます。
さてその潮谷験さんの三作目である本書は、コロナ禍のあおりを受けた社会が舞台であり、読み手にとって身近に感じられる物語です。
作中では多くの若者が自殺しますが、我々の生きる現実世界でも自殺者は激増しているので、決して「楽しんで読んで、おしまい」にして良い作品ではないと思います。
現に『エンドロール』を読んでいると、ひとつのテーマが見えてきます。
前半は哲学的で、後半はミステリー的と全く違ったテイストになるものの、その両方の根底に「自殺者を止めたい」という切実な願いがしっかりとあるのです。
もちろん自殺者には自殺者のどうにもできない苦しみがあり、事情を知らない他人が「自殺は良くないよ」と言ったところで、そう簡単に心に響くわけではないでしょう。
それでも『エンドロール』からは、「全ての自殺者を踏みとどまらせることはできなくても、せめて目の前にいる人だけでも救いたい」という祈りにも似た思いが伝わってきます。
そしてこのメッセージ性が、『エンドロール』を読み手の心により強く残る名作にしていると思います。
ポストコロナの時代に入ったものの、まだまだウイルスの脅威や人々の不安は続いています。
未来への希望を持てなくて、命の在り方に悩んでいる人も、ゼロではないはずです。
このような世だからこそ、『エンドロール』はぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊です。