エラリー・クイーンは1932年に『ギリシャ棺の謎』『エジプト十字架の謎』『Xの悲劇』『Yの悲劇』の四作品を発表しました。
有栖川有栖さんの《学生アリスシリーズ》の短編集『江神二郎の洞察』でも、
二十七歳という正解を聞いた彼女は、「クイーンが傑作を四連発した齢ですね」とマニアックに応えた。四連発とはもちろん、『エジプト十字架の謎』『ギリシャ棺の謎』『Xの悲劇』『Yの悲劇』だ。
「ええ切り返しやなぁ。惚れぼれする。もっと飲もう」
『江神二郎の洞察』P.426より引用
という会話が出てきましたね。
このうちの『ギリシャ棺の謎』『エジプト十字架の謎』は「国名シリーズ」の四作目と五作目なわけですが、今回はシリーズの中でも最高傑作と名高い『エジプト十字架の謎』をご紹介です。
なんで今更かっていいますと、このまえ創元推理文庫さんの【新訳版】を読んじゃったからです。
今ままで
も、角川文庫さんの
も読んでいたんですが、
今回新訳版を読んでまず何を思ったかって「めちゃくちゃ読みやすくなってるな」ってことですよね。
なんだこれ。訳でこんなにも変わるのかとびっくり。
もちろん訳の古い作品にもそれならではの楽しさがあって良いんですけど、やはり読みやすいに越したことはないですね。
しかも『エジプト十字架の謎』はめちゃくちゃ面白い作品だし、読みやすさと相まってとんでもないことになっています。
『エジプト十字架の謎』あらすじ
ウェストヴァージニア州の小さな村アロヨの近くの交差点で、道標に磔にされた首なし死体がみつかりました。
その死体はアロヨの小学校長アンドルー・ヴァンという人物らしく、ヴァンの家には殺害現場らしい状況が揃っており、さらに血で大文字の『T』の字が書かれていた。
死体が磔にされていた道標は『T』の形をしていて、首のない死体が『T』の形に見え、しかもヴァンの家に『T』の血文字があることから、エラリーはタウ十字架(エジプト十字架)に関係した殺人だと推理を始めます。
警察の捜査によってヴァンの召使いであるクリンク、現場の近くで目撃されたクロサックという男がいたことがわかりますが、彼らの行方がわからぬまま事件は深い謎に包まれていきます。
しかしその六ヶ月後。
新たに、T字型をしたトーテムポールに磔にされた首なし死体が発見され、事件は大きな展開を迎えていきます。
柱には首を切られた男の死体がかかっている。両腕を太いロープで両翼にくくりつけられ、両脚も同じ要領で、地上一メートルの高さで縛りつけられている。
P.81より
第一の殺人の時点で、
①なぜ殺害現場からわざわざ死体を運んできたのか
②なぜ道標に磔にしたのか
③Tの形をした交差点、殺害現場に残されたTの血文字、首を切られTの字に見える死体。これらの『T』は何を意味するのか。
④そもそもなぜ首を切り取ったのか。
⑤ヴァンの召使いクリンクはどこに行ったのか。
などなど、様々な謎が浮かび上がってきますね。
しかしこんなのまだ序章にすぎません。第二の事件が発生してさらに謎は深まっていくのです。
論理的推理が面白すぎる!
『エジプト十字架の謎』は文庫版で500ページほどの長編なのですが、終盤だけでなく中盤にもしっかり見所があって全く飽きさせない展開になっています。
特に中盤のパイプの推理と終盤のチェッカー(相手の駒を取り合うボードゲーム)の推理のシーンが最高なんですよ。
第二の殺人で被害者は「赤いチェッカーの駒」を握っていたのですが、それが何を意味するのか?というエラリーの論理的推理が面白くて面白くて鼻血ものなんです。
また現場に落ちていたパイプの推理に関しても、まさに正解だ!と思われる推理を簡単にひっくり返されてしまう展開が楽しくて。
これらの推理、普通の推理小説だったら最後のメインディッシュになってもおかしくないんですけど、これを贅沢に連発してきますからね。
それでいて最後の最後で、全ての謎をただひとつの手がかりで犯人特定に導く解決編は〈最高〉の一言。かの有名な「ヨードチンキ(消毒液)の推理」です。これはぜひ目にしていただきたい。
そりゃヤードリー教授も額をピシャリと叩いて「ああ、私はどうしようもない馬鹿者だ!」と言いますし、ヴォーン警視も呆然としちゃいますわ。
ヴォーン警視はびっくり仰天した顔のままだった。「なあんだ、そんな簡単なことだったのか」まるで、どうしてそんなことを見落としたのかわけがわからないというように、驚きあきれた口調で言った。
P.475より
というわけで、この
①パイプの推理
②チェッカー駒の推理
③ヨードチンキの推理
の三つの推理は必見です。一度とは言わず二回も三回も読んじゃいましょう。
美しい推理シーンはもちろん、首を切られて磔にする殺人事件、というのもこの作品の魅力。クイーンの作品の中でもこのような派手な連続殺人は珍しいですからね。
行方のわからない犯人を追いかけ回すというエンターテイメント性もバッチリ盛り込まれていて、逆に「楽しめない要素どこ?」ってくらい面白い作品なんですわ。
さらに最後の数行までニヤリと読者を楽しませてくれるっていう。
あ、もちろん国名シリーズならではの「読者への挑戦状」もついておりますので、ぜひ頑張ってください( ゚∀゚)
国名シリーズの読む順番は?
『エジプト十字架の謎』は国名シリーズ五作目なわけですが、結論からいえば『エジプト十字架の謎』から読んでも十分に楽しめます。
全く問題ございません。
むしろエジプト十字架を最初に読んで「国名シリーズって面白い!」ってなってシリーズ一作目から読みたくなるパターンのやつです。
一応国名シリーズの刊行された順番を載せておきますね。
1.『ローマ帽子の謎【新訳版】 (創元推理文庫)』
2.『フランス白粉の謎【新訳版】 (創元推理文庫)』
3.『オランダ靴の謎【新訳版】 (創元推理文庫)』
4.『ギリシャ棺の謎【新訳版】 (創元推理文庫)』
5.『エジプト十字架の謎【新訳版】 (創元推理文庫)』
6.『アメリカ銃の謎【新訳版】 (創元推理文庫)』
7.『シャム双子の謎 (創元推理文庫 104-11)』
8.『チャイナ橙の謎 (創元推理文庫 104-12)』
9.『スペイン岬の謎 (創元推理文庫 104-13)』
国名シリーズは本当にどれも面白いので、できれば全部読んで自分のお気に入りの作品を見つけていただくのが良いのですけど。
それでもどれから読むか迷ったら、シリーズ一作目の『ローマ帽子の謎』か、最高傑作と名高い『エジプト十字架の謎』から読むことをおすすめします。
エラリー・クイーンって知ってはいるけど読んだことがないなあ、という方。
いま創元推理文庫さんから続々新訳版が刊行されているので、この機会にぜひお手に取ってみては!!ほんっっと読みやすいですよ!
もうすでに読んだことがある方も、新訳版でもう一度傑作を楽しんで見ませんか?(´∀`*)
コメント
コメント一覧 (2件)
エジプト十字架の謎、読みました。すごく読みやすくてアッと驚く展開がすごく面白かったです!トリックは全然分かりませんでしたが、「ちゃんと書いてるのに何で気づかなかったんだー!」と悔しかったです(>人<;)
本当は順番に読むのがいいんでしょうが、これからローマ帽子の謎から順に読んでいきます(o^^o)
おお、この傑作を読まれたのですね!
おっしゃる通り、〈すごく読みやすくてアッと驚く展開〉が最高ですよね。新訳版に感謝です。
そうなんですよ。ちゃんと書いてるのに読者に気がつかせない、というのが巧すぎるんです。私も完全にやられました。
いいですね!ぜひローマ帽子から順番に読んで、国名シリーズを堪能してみてくださいな(*´ω`)