児童書の女性編集者・香衣が常連客として通う〈カフェ・チボリ〉は、一風変わったカフェだった。
珍しいデンマーク料理が出され、営業日は土曜日のみ、そして天才高校生のレンがオーナーをしているのだ。
特に変わっているのは、お客たちが食後のデザート代わりに、身近で起こった不思議な出来事や事件について語らうところ。
消えた町会費の話、素人の手作りカップがなぜか美術商に気に入られる話など、次々に出てくる話を香衣たち常連が推理する。
犯人は誰なのか、真相はどこにあるのかを議論し合うのだ。
それは日常の喧騒から離れ、くつろぎながら没頭できる、心地よい時間だった。
今週は一体どんな謎が提供され、誰が解くのか。
カフェの温かなおもてなしの中で繰り広げられる、日常ミステリーの短編集。
エレガントな空間で推理のおもてなし
「こんなカフェに行ってみたい!」
読みながら誰もがそう思わずにいられないくらい、〈カフェ・チボリ〉はミステリー好きにとって魅力的な空間です。
出されるデンマーク料理はどれも珍しくて美味しそうで、名前や表現を見ているだけで興味をそそられ、食べたくなります。
そして食器も調度品もスリッパに至るまで高級品で、さらにオーナーは上品で頭も抜群に良い美少年!
それだけでもうっとりするほど素敵ですが、何より心惹かれるのが食後に始まるヒュッゲ(デンマーク語で、くつろぎ・おもてなしの意味)の時間。
この時間には、客の誰かから毎回出される日常ミステリーを、常連客の皆で議論するのです。
主人公の編集者・香衣を始め、大学の准教授やサラリーマンなど、様々な立場の常連客が、各自の推理を展開していきます。
エレガントな空間で、各分野のプロたちと謎解きを楽しめるなんて、ミステリーマニアにはたまらないと思います。
週に1日ではありますが、だからこそこの浮世離れした場でくつろぎながら、謎解きという娯楽を楽しめば、心身共にリフレッシュできそうですよね。
『土曜はカフェ・チボリで』は、そんな至福のひと時を味わえる物語です。
童話にちなんだ4つの物語
『土曜はカフェ・チボリで』には全部で4つの短編が収録されており、それぞれがデンマークの名作『アンデルセン童話』にちなんだタイトルや内容となっています。
第一話は「マッチ擦りの少女」。
部屋の中で、ある少女がマッチで何かを燃やしていました。
その部屋に置いてあったカバンの中からお金が無くなったので、皆は「もしやその少女が燃やしたのでは?」と疑います。
ところがお金は翌日になって戻ってきました。
さて、少女は一体何を燃やしていて、お金は一時的にどこに行っていたのでしょうか?
第二話は「きれいなあひるの子」。
陶芸教室で作ったカップが、なぜか美術商に絶賛されます。
しかも「別荘にある鳩時計と並べて飾りたい」ということで別荘まで招待されたのですが、一晩たつと急にその美術商の態度が冷たくなりました。
理由は何なのか、そして手作りカップと鳩時計に、どんな関係があったのでしょうか?
第三話は「アンデルセンのお姫様」。
レンの伯母は、往年の大女優。
監督と一緒にヨーロッパ旅行に行った時、ホテルで監督と謎の美女や男性たちが密談をしている様子を目撃しました。
伯母は気になって美女の正体や話の内容を監督に尋ねるのですが、監督は全く答えてくれません。
第四話は「カイと雪の女王」。
ある日常連客のところに〈カフェ・チボリ〉について悪く書かれた手紙やメールが届きます。
一体誰が何の目的でそのようなことをしたのか。
レンや常連客たちは、〈カフェ・チボリ〉の繁盛に対する嫌がらせではないかと推理するのですが―。
以上の4つの物語が展開されます。
どれも不思議で興味をそそられる物語ですし、童話とリンクしているところがおしゃれで素敵ですね。
また第三話と第四話は、レンの身内が絡むお話となっており、レンの家庭環境やオーナーをしている理由がわかるので、そのあたりも興味津々で読めますよ。
自分も参加しているような気分になれる
『土曜はカフェ・チボリで』は、デビュー作で鮎川哲也賞を受賞した内山純さんの、第二作目となります。
ミステリー作品ですが、大事件が起こって警察が翻弄されるような、本格推理小説ではありません。
日常で起こったちょっとした事件について、カフェの常連客が意見を出し合い、真相を探っていくという物語です。
現場に行くことは一切なく、第三者たちが集まって、グループディスカッションで謎を解くという発想が面白いですね。
ハラハラドキドキするようなスリルこそありませんが、その分飛び交う推理や知的な雰囲気を楽しめます。
登場人物がそれぞれ自分の意見を述べるので、読みながら
「なるほど、そういう可能性もあるな」
「いや、もっと裏があるような気がする」
など納得したり疑問に感じたりと、自分もディスカッションに加わっているような気分になれるのです。
しかもみんな人柄が良いので、喧々囂々としたディスカッションにはならず、始終穏やか。
ヒュッゲ(くつろぐこと)の言葉通り、まったり心地よく過ごすことができ、いつまでも味わっていたくなります。
読了後には「次の話があるなら読みたい。これからも皆と推理を続けたい」と感じる読者も多いのではないでしょうか。
残念ながら続編は今のところありませんが、本書を繰り返し読んでみるのもいいと思います。
きっとそのたびに、心温まる知的なおもてなしでリフレッシュできるでしょう。
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