小林泰三『ドロシイ殺し』-オズの国を取りまく、もうひとつの物語。オズの国には犯罪はないのですから

あの『アリス殺し』『クララ殺し』に続く、小林泰三さんの新作『ドロシイ殺し』をさっそく読ませていただきました。

まず表紙の美しさにひかれて手に取りましたが、圧倒的な世界観のかたまりに押しつぶされそうになりましたね。

私は『アリス殺し』も『クララ殺し』も読んでいますが、やはり今回の『ドロシイ殺し』を読むまえに前2作品を読んでいた方が楽しめるでしょう。

一応、『ドロシイ殺し』が初読でも問題ない構成になっておりますけど、なにせ世界観が特殊なもので。

目次

小林泰三『ドロシイ殺し』

 

さて、ネタバレにならない程度に、ざっとしたあらすじを。

 

砂漠をあるいていたドロシイたち一行のまえに、突如あらわれた緑のしなびたトカゲ。彼は自分のことをビルと名乗り、不思議の国からきたと告げます。

「どこで生まれたかは覚えていないけど、ホフマン宇宙の前には不思議の国にいたんだ」

P13より

彼の話は終始、要領を得ないものでしたが、どうやら現代の地球に住む大学院生・井森と夢をとおして記憶を共有しているようなのです。

ドロシイ一向+トカゲのビルが旅をする夢のなかの国と、井森が生活する日本、ふたつの世界を行き来しながら進行していく不思議な物語。

「あなたにはエメラルドの都に行ってこの国の支配者であるオズマ女王に会って貰わなければならないわ」

P15より

まあ、タイトルが思いっきり『ドロシイ殺し』なので、これは言っちゃってもいいと信じていますが、道中でドロシイ死んじゃいます。

どうして彼女が殺されてしまうのか? 犯人はいったい誰なのか?

この作品の軸になる大きな謎が、わりと冒頭から立ちはだかることになります。

淡々として、軽妙な語りくちに潜む、濃い狂気

本書は二段組み構成になっていて、文字もキュッと詰まっているので、慣れていないと読みにくい部分もあるかもしれませんね。

けれど、ドロシイたちの軽妙な小気味いいやりとりは、すぐに違和感を取りさってくれるはず! 字面を追っているだけで自然と、目の前で演劇が繰り広げられているような錯覚を覚えます。

淡々としたセリフの掛け合いが、徐々に寸劇にみえてくる。現実とイマジネーションのはざまに漂う感覚を、ぜひ味わってほしいです。

現代に生きる大学院生・井森はわりと博識の青年で、読者のわたしたちにとっての“指南役”でもありますが、実は探偵として立ちまわるのは別のキャラクターです。それがジェリア・ジャムという、城の小間使いの女の子。

この子が妙に存在感のある子で、ドロシイやビル・井森くんに注目していた我々、読者は「とんだ隠し玉だ!」と驚きながらつぎつぎとページを繰ることになります。

時たま、前兆なく血なまぐさい表現が飛び込んでくる瞬間もあるので、あまりにグロテスクな描写がお気に召さないかたにはオススメできないかも。

ただ、なんていうんだろう、その描き方もリアルすぎてリアルじゃない、と言いますか……。あ、目の前でひとが死んだらほんとうにこんな感じなんだろうな、っていう。

淡々としたなかに潜む狂気。そのコントラストにも注目してほしい作品ですね。

ふたりの視点を行き来しながらすすむ緻密な物語

ほぼ会話文で構成されたこの『ドロシイ殺し』、トカゲのビルと大学院生・井森の視点を行き来しながら、ストーリー中盤~後半に向けて怒涛のいきおいで進んでいきます。

この流れがね、こころから不思議なんです。じつに淡々とした語り口にも関わらず、温度のかよった文章。否応なしにハラハラさせられる目まぐるしい展開。

ドロシイ殺しの犯人はだれか?

主軸となる謎はたったひとつですが、この物語にはべつの背骨がスッと通っている気がします。

それは、「行きすぎた正義は悪になる」ということ。

「オズの国は平和過ぎると思うんだ」

P38より

そう、オズの国は平和過ぎる。

オズマという女王の、半ば独裁政権のもとで統治されているにも関わらず、犯罪をおかす者がいない。

人のものを盗んだり、脅迫したり、殺したりという、あらゆる罪がもとから”存在しない”世界。

ビルはいち早くその違和感に気づき、ことあるごとに疑問を呈します。

「オズマは間違わないの?」

P31より

絶対的にただしい女王オズマ。

なぜ彼女は女王なのか?

それは、”オズマがただしい”から。

オズの国の住人であればなんら不思議におもわないその圧倒的な事実に、正面から向かっていくのは、外からやってきたビルしかいないのです。

「オズの国には犯罪はないのですから。今までも、そしてこれからも」

P247より

ドロシイ殺しの犯人が判明し、そのあと、物語がどのように収束していくか。

ぜひ、実際に読んで確かめてほしい!

清廉潔白な、このオズの国の”正義”がなにを土台に成り立っているのか、あなたにも肌で感じてほしい。

行きすぎた正義は悪になる。

目に見える悪行ばかりが責め立てられる対象ではないということ。

ドロシイ殺しの犯人を、ビルや井森、その仲間たちと追う過程のなかで、私たちはどうしようもなく対面することになります。

正義が併せもつ歪な側面を。

ぜひ、ほかのシリーズ作品も読んでみて!

もし、前2作品を未読な方がこの『ドロシイ殺し』を読んだら、思わず叫んでしまうでしょう。

『アリス殺し』も『クララ殺し』も読んでみたい~~~~!!、と。

『アリス殺し』では何があったんだろう?! 読まなくても充分この話は楽しめるんですけどね、やっぱり要所々々でビルくんが言うわけです、不思議の国に帰りたいって。

アリスや帽子屋さんやチェシャ猫と、いったいどんなことがあったんだろう。

気になって気になって仕方がなくなっちゃう事でしょう。

『クララ殺し』も気になっちゃいますよね……なぜ『ハイジ殺し』じゃないの? 敢えてのクララなの?

シリーズを通してビルくんや井森くんが登場するのか、それぞれどんな冒険があったのだろう、ああ! 気になる!

と、取り乱してしまうでしょう。

気になってしまったら読むのが運命!

さらに不思議な世界のなかへ迷い込みにいきましょう!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

コメント

コメント一覧 (2件)

  • いつもブログ楽しく拝見しています。
    「ドロシィ殺し」読みました。
    小林泰三さんはいつも独特な世界観ですよね。論理的なのにとても哲学的で、本編の内容に直接関係ない会話の中にも、色々考えさせられる事があります。
    ただ、私はやっぱり一番最初に読んだ時の衝撃が強くて「アリス殺し」が好きです。

    • クマっちさんこんばんはー!
      いつも見ていただけているとのことで大変嬉しいです!ありがとうございます(*´ェ`*)
      そうそう、小林泰三さんの世界観は常に独特で、それでいて妙に論理的で、読んでいて知らぬ間に中毒になってしまいます。
      ですねー!私も初めて「アリス殺し」を読んだときの衝撃の方が強かったです。
      やっぱりアレを一度味わってしまうとねえ……

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