江戸、 明治、 大正、 昭和…4つの時代を舞台に、 おぞましい怪異と人間の業が交錯する恐怖の短編ホラー作品が詰まった、凝った作りの本作。
20年前に発売し日本ホラー小説大賞を受賞した平成時代の傑作ホラー小説『ぼっけえ、 きょうてえ』の正統後継作として話題を呼んでおり、昔にタイムスリップした気持ちで戦慄のホラーを読むことができるというのが一つの魅力です。
時代を跨いだ4つの物語が収録されており、それぞれ異なる『この世の地獄』が描かれているのですが、人間の恐ろしさや陰湿さだけではなく、登場人物のいじらしさや可愛らしさも感じられ、妖しさもありながら切なく、恐ろしい印象を受けます。
どの短編集も読み応えがあり、読み進めていく中でうっすらと残酷な歴史的背景や恐ろしい真実が浮かび上がってきます。
ページをめくるごとに明かされるゾッとする真実や、そしてそこに至るまでの物語の流れに、読者は大いに驚かされることになるでしょう。
『でえれえ、やっちもねえ』- 読み進めるうちにじっとりした闇の中へ引きずり込まれる読者自身
表題作はコレラが大流行する明治時代の岡山で、家族を喪った少女が主人公。
日露戦争なども絡み波乱万丈の波が押し寄せる中、薄暗く恐ろしい闇の中へどんどん足を踏み入れるような恐怖、そして人間の業が渦巻いている様が描かれています。
おどろおどろしい内容ですが、読み進めていく中で明治時代の歴史的背景や非情な日常がじっとりと浮かび上がってきます。
不安定な時代背景が、どこか不気味で薄暗い雰囲気を本作全体に漂わせており、なんとも言えぬ気味の悪さがたまらないです。
こういった時代特有の雰囲気をホラーと同時に味わえる“時代ホラー”としての魅力も本作には詰まっているといえます。
濃縮された人間の悪意がみっちりと詰まっており、忌まわしさや悲しさ、可笑しさや愛しさ、疎ましさや妬ましさなど、全ての感情が混ざりどろどろした恐怖と生の凄味を感じることができるのです。
読み進めるうちに、徐々に滲み出る人間の狂気と、ラスト数ページでアクセルの踏み込むかのような怒涛の展開に、絡み付くような湿度の高い恐怖を味わうことになるでしょう。
『穴掘酒』 – 手紙を読み進めるごとに感じられる奈落の恐怖感
時は昭和初期、本書を構成するのは岡山刑務所を出所したばかりの女性の手紙です。
読者は、この手紙を書いているのがどのような女性なのか、なぜ刑務所にいたのか、瞬時に知ることは出来ません。
手紙を読み進めていくことで初めて、この手紙を読んでいるのは男性であること、そして手紙の書き手が誰で、どういった立場の女性なのかを知ることが出来るようになっています。
1週間毎に届く手紙を読み進めるうちに、主人公の女性は罪を犯してもなお男性に好意を寄せており、それとは真逆に男性はおそらく恐怖を感じていることがわかるので「迫りくる恐怖の手紙はどんな女性が書いているのか」という謎に、読者はハラハラさせられるというわけです。
手紙の主がどんな女性であるのか徐々に全容が見えてくるのですが、「悪霊、否、恋する女」や「別の女の影」など手紙の内容に所々不穏な空気が漂い、書き手と読み手の異なる事実の受け止め方や認識のズレ、次々と明らかにされる事実に読者は翻弄されていくことになります。
女性が恐ろしい鬼女として刑務所に監獄されていたのは短い大正時代であり、大正の歴史や文化についても手紙で触れられており、大正から昭和にかけて怒涛の歴史の渦に巻き込まれるがごとく、話に振り回されるような楽しさを感じられるのです。
どこまで正しいのかもわからない女性の主観のみで構成された手紙ですが、それでも読み進めていく中で女性が鬼女と恐れられた背景と共に女としての可愛らしさや可憐さ、それと同時に女の恐ろしさも感じられます。
最後の手紙ではその顛末が明かされ、最後に男から女に返した一通の返事が恐ろしく、どん底まで突き落とされる一連の流れに、読者は大いに驚かされ恐怖を感じることでしょう。
【時代ホラーの一冊目ならコレ!】
『ぼっけえ、 きょうてえ』の出版から20年の時を経て、正当後継作として出版されることとなった本作。
発売して間もないですがすでに時代ホラー短編集の傑作として絶大な評価を得ており、日本の歴史や民俗・郷土文化に興味がある方にとってはもはや必読のホラー小説と言っても過言では無いでしょう。
ホラーは苦手だし、あまり昔の出来事には興味を持ってこなかった……という方は読むのに躊躇するかもしれませんが、それはちょっともったいない!
過去の時代背景に興味が無くても引き込まれるほどに、本書は“レジェンドホラーの後継作”と呼ばれるほどの相応しい魅力を十分に兼ね備えており、怖いのに思わず笑ってしまう場面もあるためホラーが苦手でも読みやすいかと思われます。
むしろ、この本を読むことによって時代ホラーの面白さに目覚めることができるかもしれません。
たった4編しか収録されていないにも関わらず濃厚であり日本の怒涛の時代をホラーで描くという凝った内容構成、読み進めるうちに「やはり怪異よりも人間が一番怖い…」と思わず呟いてしまう恐ろしい真相、それらの真実すら飲み込んで人間の業が前面に出てくる時代ホラー。
時代ホラー好きの方、時代ホラーデビューを果たしたい方、ただただ読み応えのあるホラーを読みたい方など、ホラーや読書が好きな方は読んで損はないハズ!
日本の夏のジメジメ感とホラーの相性は最高ですので、出版されたこのタイミングでぜひ一読してみてください。
