国内ミステリー小説

小川哲『地図と拳』- 満州という白地図に描かれた理想と現実を描く大河ミステリー

1899年、軍の通訳として満州に向かった細川は、地元民の話から李家鎮という村に石炭の鉱脈があることを知る。

何もない寒村だったが、調べてみると予想以上に優良な大鉱脈があったことから、日本は人材を集めて開発を始める。

もちろん中国やロシアが黙って見ているはずもなく、放火や強奪、抗争などが起こるが、それでも李家鎮はどんどん発展していき大都市「仙桃城」となる。

莫大な資源を得た日本。

しかしやがて第二次世界大戦が起こり、日本は敗退し、満州国も解体することになり―。

数奇な運命を辿る満州の約半世紀を描いた、空想大河ミステリー!

炭鉱都市の発展と抗争にドキドキ

『地図と拳』は、1899年から1955年までの満州を描いた物語です。

といっても史実をありのまま小説化したわけではなく、メインの舞台となるのは架空の都市・李家鎮(リージャジェン)ですし、登場人物も架空の人々。

その中には特殊な能力を持つ人物もいることから、一種の歴史ファンタジーとも言えそうです。

さて満州と言うと、中学校の歴史の授業などで習った覚えのある方も多いのではないでしょうか。

清(当時の中国)とロシアとの国境にあり、両国にとって要所なのはもちろん、日清・日露戦争をした日本にとっても非常に重要な地域です。

『地図と拳』では、この満州にある架空都市・李家鎮が一大都市として発展していく様子がドラマチックに描かれています。

最初は地図にも載らないような小村だったのですが、日本人が石炭の鉱脈を発見し、人材を集めて開発していくことでみるみる変化していくのです。

何もなかった荒野に鉄道が作られ、施設が次々に増え、近代的な炭鉱都市へとどんどん発展していく様子は読み手を強烈にワクワクさせてくれます。

石炭は当時とても大事な資源でしたから、中国側もロシア側も李家鎮に手出ししてきてその攻防にもドキドキ!

炭鉱がゲリラに襲われたり、資材が盗難されたり、ふもとの集落で虐殺事件が起こったりとまさに波乱万丈です。

さらに日露戦争や張作霖爆殺事件といった史実も絡んでくるので、リアリティが加わって一層ハラハラ!

やがて第二次世界大戦が起こり、日本は敗北して満州における権利を失うのですが、その時に李家鎮がどうなるのか。

日本が心血を注いで育て上げた都市の行く末を、ぜひ見届けてください。

主な人物と見どころ

『地図と拳』は、複数の主人公が入れ替わりながら進行していく群像劇です。

作中の期間が約60年と長く、その間に主人公格の人間が年をとったり、戦争で亡くなったり、新たに生まれたりしながら、物語が紡がれていくのです。

人数が多く全員は紹介しきれないのですが、特に重要な人物と見どころとなる部分を挙げておきますね。

●細川
1899年に、陸軍の高木の通訳として満州に渡った大学生。
体は弱いものの洞察力があり、李家鎮に鉱脈があることを見抜いて、開発を推し進めます。

●クラスニコフ神父
1901年、ロシアから鉄道拡大のために派遣され、農地開発などで精力的に尽くします。
しかし義和団事件に巻き込まれ、農地も日本軍に焼かれてしまい……。

●孫悟空
修行により、未来予知、死なない体など、超人的な力を持ったことで、この偽名を名乗ります。
もとは中国の馬賊ですが、李家鎮の王となり、後に細川の交渉により日本に協力することに。

●須野
1909年、細川のスカウトで満州鉄道に入社。
気象学者ですが、ロシアが作った地図に存在しない島が載っており、その秘密を解き明かすことに専念します。

●須野明男
逆から読むと、ギリシャ神話の水の神「オケアノス」。
日露戦争で亡くなった高木の妻が、須野と再婚して産んだ子で、温度や湿度、風力を言い当てる特殊能力を持ちます。
東京帝国大学で学んだ後、李家鎮の建設に尽力します。

●孫丞琳
孫悟空の血のつながらない娘。
ダンスホールで明男と出会い、想いを寄せられますが、実は彼女は父とは真逆の思想を持っており、抗日ゲリラの女戦士として活動しています。

以上が、特に主要な人物です。

日本はもちろんロシア側や中国側の人物も登場するので、物語としての広さが感じられますし、親の代から子供の代へと世代交代していくので、時代の変化もリアルに伝わってきます。

それぞれの人物や時代において深みのあるドラマが展開され、絡み合いながら「満州国」というひとつの国の歴史を紡いでいく様子は圧巻ですよ!

「地図」と「拳」の意味するものは?

『地図と拳』は、SF作家・小川哲さんの第4作目であり、総ページ数が600を超える大作です。

登場人物が多い分、重要なエピソードや読みどころが満載であり、そのうちのごく一部しかご紹介できないのがもどかしい……!

それでもあえて注目ポイントを厳選するとしたら、須野(父)が尽力してきた「存在しない島が描かれた地図の秘密」でしょう。

「地図」はタイトルにあることからもわかるように、この物語において重要な鍵となっています。

地図と言うより、勢力図や戦略図と言った方がわかりやすいでしょうか。

物語の舞台となる満州はもとは清の拠点であり、のちにロシアが占領し日露戦争後は日本が利権を得ることになったという、勢力図が幾度も書き換えられた地域です。

書き換えたのは基本的には武力であり、これがタイトルの「拳」にあたります。

また地図には、戦略的な目標や国家としての理想を視覚化したものもあります。

つまり『地図と拳』は「戦いのたびに変化する勢力図の物語」であり、「理想のために力を尽くしてきた人々の物語」でもあるわけです。

このことをふまえながら読むと、須野が追っていた「存在しない島が描かれた地図の秘密」がいかに深い意味を持つかが見えてくるのではないでしょうか。

とにかく『地図と拳』は非常にスケールの大きな物語であり、読み応えは抜群!

そのため第13回山田風太郎賞を受賞しましたし、第168回直木賞にもノミネートされました。

注目度が高く、話題にもなっているので、本好きの方はぜひ一度は読んでおくことをおすすめします。

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anpo39
年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)
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