本作は市川憂人さんの大人気ミステリシリーズの最新作で、『ジェリーフィッシュは凍らない』『ブルーローズは眠らない』『グラスバードは還らない』に続く第4弾です。
1話目「ボーンヤードは語らない」はU国A州の空軍基地にある飛行機を収容する施設「飛行機の墓場(ボーンヤード)」で兵士の変死体が発見されるところから物語が始まります。
謎めいた死の状況に重ね、基地内での軍用部品の横流し疑惑も浮上し、空軍少佐のジョンは士官候補生時代の心残りからこの事件の解決に乗り出すことに。
ジョン少佐は調査に行き詰まると、フラッグスタッフ署の刑事・マリアと漣に非公式で事件解決への協力を申し出ます。
この2人こそが前作「ジェリーフィッシュは凍らない」にも登場していたコンビなのですが、実はこの2人も決して忘れられない事件を過去に経験していたのでした。
漣の過去を描いた話が本作2話目・「赤鉛筆は要らない」、マリアの過去を描いた話が3話目・「レッドデビルは知らない」になっています。
そして過去の後悔から刑事として生きていくことを選んだマリアと漣がコンビを組むきっかけとなった事件を描いた「スケープシープは笑わない」。
全4つの話から成る短編集となっています。
華麗なミスディレクションに痺れる!
本作に収録されている4話を通して見どころとなるポイントが「ミスディレクションの華麗さ」です。
空軍兵士の変死体をめぐる「ボーンヤードは語らない」、雪の中の密室で起きる殺人事件の真相に迫る「赤鉛筆は要らない」、ある少女の不可解な突然死のカラクリを解明する「レッドデビルは知らない」、前作長編「ジェリーフィッシュは凍らない」の前日譚にあたる「スケープシープは笑わない」。
過去の長編でも印象的な「不可解な事件」、「驚きの展開」は短編集となっている今作でも堪能することができます。
マリアと漣がそれぞれの事件の解決を試みるのですが、各話ともに筋の通った、あるいは最も「筋の通る」と思われる推理によって一度は解決の様相を呈したり、読者もある程度事件の全体像が見えてきたような感覚になります。
しかし終盤であっと驚くような展開やカラクリが用意されていて、恐らくどれだけ注意深く読んでいても予想できない真相を突然提示されることになるでしょう。
それを可能にしているのが作者の巧みなミスディレクションであり、自然で違和感のない「誤誘導」によって華麗に読者を翻弄します。
短編でありながら衝撃度の高いミステリとなっており、今作の見どころを語る上では外せないポイントです。
マリア、漣のルーツに迫る事件
前作の長編小説『ジェリーフィッシュは凍らない』『ブルーローズは眠らない』『グラスバードは還らない』にも登場しているマリア、漣はともに過去のある事件を経験したことが彼らのその後の人生を大きく左右しています。
そのことがわかるのが本書中第2話の「赤鉛筆は要らない」と第3話「レッドデビルは知らない」です。
「赤鉛筆は要らない」では漣が高校時代に経験した事件について描かれていて、部活の先輩・河野茉莉の家で起きた殺人事件が舞台となっています。
雪の降る夜に密室で起きた殺人を、冷静沈着で聡明な漣が解決へと導くのですが、漣が河野に対して自分の推理を語る最後のシーンはまさに圧巻の展開で、衝撃の真相に快感すら感じるほどです。
「レッドデビルは知らない」ではマリアの高校時代が描かれていて、彼女の親友であり日系アメリカ人のハズナを中心に起きた事件が舞台となっています。
腫れ物扱いをされて校内で浮いた存在だったマリアとハズナは互いに支え合いながら日々を送っていきますが、ある日彼女たちを凄惨な事件が襲い物語が急転します。
こちらも歳若いながら洞察力に長けたマリアによって次々に事件解決への手がかりが明らかになっていくのですが、衝撃の真相がわかる終盤は短編とは思えない盛り上がりです。
この2つの話を読むことで、読者はマリアと漣が警察官を志すきっかけとなった「2人のルーツ」を知ることができるでしょう。
近しい人間の身に起こった過酷な事件を2人が苦しみながらも解決していく様子は、ヒューマンストーリーとしての側面も持っていて、物語に厚みを加えています。
大人気ミステリシリーズ第4弾。読んだことがない人にもおすすめの圧巻短編集。
『ジェリーフィッシュは凍らない』で第26回鮎川哲也賞を受賞した市川憂人さんの大人気シリーズ最新作。
本作はジェリーフィッシュ事件の前日譚と後日譚、そして前作でも活躍した名刑事コンビ・マリアと漣のルーツを描いた短編集となっています。
ジェリーフィッシュ事件で手を組んでいた2人はどのように出会ったのか。
そもそも2人はなぜ刑事になったのか。
4つの短編がそれぞれに独立した本格ミステリ作品として楽しめるだけでなく、全ての作品を読むことでマリアと漣が胸に秘める思いを知ることができます。
シリーズを通して楽しめていた展開の意外性と華麗なミスディレクションは本作でも健在です。
短編としてコンパクトにまとまっていながらその短さを逆に利用するかのようなスピード感で物語が進行するので、最後まで飽きることなく読み進めることができるでしょう。
それぞれの謎が疎かにされることもなく論理的に丁寧に説明されていく本書はミステリとしての完成度が高く、シリーズを知らない人でも十分に楽しめます。
また、図が挿入されていたり、わかりやすい文章で事件現場の状況が説明されているので、ミステリにあまり馴染みのない人でも置き去りにされずに最後まで楽しめるでしょう。
これまでも多くのミステリファンを翻弄してきた作家・市川憂人さんの最新作『ボーンヤードは語らない』、ぜひご一読ください。



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