主人公の小学生佐土原とその同級生水谷との交流を描く四篇の連作短編集です。
水谷くんは、学校や生活の中で起こる謎を相談するといつも神さまのように解決してくれます。
水谷くんは小学生とは思えないほど豊富な知識と洞察力を持っており、クラスメイトたちからも神さまのように慕われていました。
「春の作り方」は、佐土原が祖母の形見である桜の塩漬けをだめにしてしまったことを水谷に相談する、心温まるストーリーです。
「夏の「自由」研究」に登場する絵が上手い川上さんは、水谷くんに相談を持ちかけます。この相談の内容を水谷くんが解き明かすとき、物語に一気に緊張感が流れます。
運動会の騎馬戦の必勝法がメインとなる「作戦会議は秋の秘密」、図書館の呪いの本が鍵を握る「冬に真実は伝えない」、さらにエピローグではその後の春休みが描かれます。
芦沢央『僕の神さま』
大人びた水谷くんの謎解きに爽快感を覚えるとともに、子どもたちの不安な気持ちを確かに読み取ることができる良質なミステリー小説です。
子どものささいな疑問や困り事から始まる本作ですが、微笑ましいだけでなく、子どもも大人と同じようにきちんと悩んでいることがあるのだ、かつて自分もそうだったのだと気付かされます。
描かれているのは小学生の一年間ですが、この多感な時期に主人公たちは何を学ぶのか、水谷くんは何を抱えて生きているのかが本作の見所。
登場人物たちが成長していく様子を見守りながら、読者もかつての気持ちを思い出し、爽やかで前向きな気持ちにさせてくれます。
子どもが主人公ではありますが文体自体はさらっとしていて透明感があり、綺麗な文章をすらすらと読み進められるのも嬉しいポイント。
くどくなく、それでいて言葉の一つ一つが印象的です。余白に子どもたちの感情を読み取ることもでき、青春小説としても楽しめるでしょう。
クラスメイトから「神さま」と呼ばれ、絶大な信頼を集める水谷くんと、主人公の佐土原の微妙な関係性も上手に描いています。
ただ崇拝するだけでなく、かといって近すぎることもなく、友情という言葉だけでは言い表せない二人のやり取りも見所です。
「あなたは後悔するかもしれない。第1話で読むのをやめればよかった、と」というコピーの通り、2話からは徐々に物語には重たい空気が流れ始め、格差、貧困、家庭内暴力といったテーマが盛り込まれていきます。
水谷くんが今のような性格にならざるを得なかった理由や、川上さんの行動にもこれらの問題が絡んでいます。
子どもが子どもらしくいられる時間は思いの他短いのだと読後は切ない気持ちでいっぱいになります。
エピローグまで読んでからもう一度読み返すと、また違った視点で子どもたちを見守ることができるでしょう。
『罪の余白』でデビューした芦沢央氏は、以降ミステリー小説を次々に発表し、その度に人気を集めてきました。
今回の『僕の神さま』は『汚れた手をそこで拭かない』と二ヶ月連続で刊行されたことでも話題となりました。
『僕の神さま』は連作短編集で、『汚れた手をそこで拭かない』は独立する短編集です。
いずれも日常に起こりうる問題を取り扱いつつ人間の深い感情や日本が直面している問題も取り扱っており、それぞれの物語の密度が濃く、どっぷりと芦沢氏の描く世界観に浸ることができるでしょう。
他にも『火のないところに煙は』という短編集も刊行されています。
こちらは怪奇体験をもとにした物語がメインで、芹沢氏の得意な不穏な空気を存分に味わえます。「僕の神さま」が気に入ったら、より深みにハマれるこちらの作品もチェックしてみてください。
『僕の神さま』はそんな芹沢氏の真骨頂とも言える作品です。
今後もどんな切り口で新しい物語を見せてくれるのか、作家としてどのように成長していくのかを楽しみにしながら作品に触れてみましょう。

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