ピエール・ルメートル『僕が死んだあの森』- 殺人という罪を犯した少年の、恐怖と苦悩の物語

アントワーヌは12歳の少年。

フランスの小さな村で母親と静かに暮らしていたが、ある日森の中で、隣に住む6歳のレミを殺してしまった。

決して故意ではない。はずみだった。打ち所が悪かったのだ。殺すつもりなんてなかった……。

罪に怯え、死体を隠したアントワーヌ。

しかし村は、「幼い子供が失踪した」ということで、大騒ぎ。

捜査のために憲兵が来て、テレビでも報道される有様だ。

アントワーヌが絶望しかけた時、未曽有の暴風が村を襲った。

森はすっかり荒れ果てて、足を踏み入れることもできない状態に。

捜査は打ち切りになり、森は閉ざされた。レミの死体と共に……。

それから12年後。

あの森が、公園造設のために再開発されることになり―。

目次

追い詰められていく少年心理が絶妙

『僕が死んだあの森』は、罪を犯し、震えおののく少年を描いたミステリー小説です。

見どころは、最初の3日間。レミを殺してしまい、嵐がその痕跡を隠すまでの日々です。

この3日間、アントワーヌは怯え続けます。

「死体が見つかったらどうしよう」

「レミのお父さんに殺されるかも」

「どこに逃亡すればいいのだろう」

12歳の子供ですからね、その焦りと恐怖は、とてつもなく大きなものだと思います。

しかもアントワーヌは、いつも着けていた腕時計をなくしてしまいます。

どこに置いたのか、わからない。

もしも死体を隠した場所だとしたら、それは自分がレミを殺した決定的な証拠になります。だから一層、恐れるのです。

そしてその感覚は、読み手にも襲い掛かります。

行間からアントワーヌの後悔、苦悩、絶望が次々に迫って来るので、読んでいてハラハラビクビクしっぱなし。

ホラーや残虐殺人とは違う、現実的な恐怖があります。

とにかく息苦しくて、スリリング!

どうなるのか気になって、時間を忘れて読むことに没頭してしまいます。

あらゆることが「なかったこと」に

スリリングと言えば、もうひとつ。

『僕が死んだあの森』では、様々な奇妙な現象が起こります。

なぜか「なかったこと」になるのです。

たとえばアントワーヌのリュックです。

逃亡のために衣類を詰め込んでいたはずが、気が付けばリュックから出され、元の場所に戻っていました。

そして自殺未遂です。

アントワーヌは怯えのあまり死のうとし、家にある薬を大量に飲みました。

しかしそれもなぜか、気が付けば「食あたり」ということで済まされていました。

さらには、レミの失踪事件の容疑者として、別の人が連行されます。

アントワーヌも挙動不審で十分に怪しいはずなのに、周囲は「事件が起こったショックで調子が悪いのだ」と考え、疑いもしません。

きわめつけは、村を襲った嵐です。

これが捜査や報道を困難にし、結果として事件そのものを闇に葬ってしまいます。

当然レミの死体も、なくした腕時計も、見つからないまま。

このように、次から次へと「なかったこと」になります。不自然なくらいに。

一体なぜなのか。このミステリー要素もまた、『僕が死んだあの森』を面白く読ませてくれるポイントです。

だって、ミステリーですよ?不自然きわまりないことが、そのままで終わるわけがないんです。

読み手を納得させる真相が、必ず後になって出てきます。

『僕が死んだあの森』では、それが最後の最後で明かされます。

そしてこのラストは、読み手に大きな衝撃を与えます。

「そうだったのか!」と気づかされ、読了後はつい放心状態になってしまうほど、胸に深く深く突き刺さります。

人間の愛情やエゴなど、様々なことを考えさせてくれます。

恐怖と倫理観で心を揺さぶる名作

読み始めたが最後、一気に読破せずにはいられなくなる作品です。

12歳の少年による殺人というだけでも十分にショッキングなのに、その後の不安感や不可思議な出来事もまた、読み手の心をどんどんザワつかせますからね。

作者のピエール・ルメートル氏は、フランスの推理小説作家です。

元は脚本家として活躍されていたそうで、ヒューマンドラマにおいて、非常に卓越した「見せ方」ができる作家です。

そのため彼の作品は、フランスだけでなくイギリスや日本でも話題に。各国で数々の賞を受賞しています。

本書『僕が死んだあの森』もまた、極上の心理サスペンスとして話題になりました。

実際、上でも述べたように、アントワーヌが恐怖で怯える様子は、描写が見事!読みながらついビクビクして、冷や汗をにじませてしまう人も多いと思います。

嵐によって罪はいったん隠されますが、12年後にはまた蘇ります。

犯した罪は消えないのか。何年経っても本当の意味では忘れることができず、苦しみ続けるのか。

読み手はその苦悩を、まざまざと見せつけられるのです。

誰しも失敗し、発覚を恐れた経験があると思います。

だからこそ読みながらアントワーヌに共感できるし、「このままバレないといいね」と応援したくなります。

かといって、「裁かれないまま逃げおおせるなんて、人として間違っているのでは?」という疑問も湧いてきます。

このように『僕が死んだあの森』は、焦りや恐怖、倫理観や正義感で、心を揺さぶってくる作品です。

ミステリー好きにはもちろん、ヒューマンドラマが好きな方にもおすすめの一冊。

そのリアルでゾクゾクするような心理描写を、ぜひ楽しんでみてください!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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