第二次世界大戦中「ザ・ハントレス」と呼ばれる女性虐殺者がいた。
冷酷な彼女はまるで人を狩るように、兵士はもちろん子供の命も容赦なく奪った。
しかし戦後、ザ・ハントレスは忽然と姿を消した―。
1950年ウィーン、元従軍記者のイアンは、ナチ・ハンターとして活躍していた。
多くのナチスの残党を探し出し、戦争犯罪人として裁判所に送り込んでいたが、彼の真の目的は別にあった。
戦時中に弟を殺したザ・ハントレスを、何としてでも捕えたかったのだ。
イアンは捜索のために、元ロシア飛行兵のニーナに協力を仰いだ。
彼女は、かつてザ・ハントレスの魔手から逃れた唯一の人物であり、その素顔を知っていたからだ。
アメリカのボストンに向かったイアンたちは、そこで写真家志望の少女ジョーダンと出会う。
彼女は、自分の新しい義母と、父親の不幸に疑問を抱いているようだった。
イアンはそこに、ザ・ハントレスの影を感じるが―。
疑念を持つ少女と、復讐に燃えるナチ・ハンター
『亡国のハントレス』には、主人公が3人います。
ジョーダンと、イアンと、ニーナ、それぞれの話が交互に入れ替わることで、全体の物語が進行していく形式です。
3人の主人公は、立場や舞台、さらには時代までが、全く異なっています。
一人目の主人公・ジョーダンの物語は、戦後間もない1946年のアメリカ、ボストンから始まります。
ジョーダンは写真撮影が趣味の女子高生で、ある日父親から、再婚したい相手としてアンネリーゼを紹介されます。
ジョーダンは打ち解けるために父と彼女の写真を撮影しようとするのですが、アンネリーゼはそれを拒否。
過去のことを尋ねても教えてもらえず、ジョーダンは不審に思います。
ここまで読むとピン!と来る方も多いと思いますが、アンネリーゼこそが例のあの人であり、彼女は追手に見つからないようにするために、撮影を嫌がり過去についても伏せていたのです。
他にもジョーダンは、アンネリーゼが隠し持っていたナチスの「鉤十字勲章」や、父親の不自然な事故死から、アンネリーゼをどんどん怪しいと思うようになります。
このようにジョーダンのパートでは、不審なアンネリーゼとのヒヤッとするような日常が描かれています。
二人目の主人公・イアンの物語は、1950年のドイツやオーストリアが舞台です。
弟をザ・ハントレスに殺されたイアンは、その正体と罪を白日の下に晒すため、ナチ・ハンターとして残党狩りに日夜勤しんでいます。
ザ・ハントレスは戦時中に、年端もいかない6人の子供を保護すると見せかけて殺すといった残虐なこともしており、イアンの心は憎しみで燃えています。
おそらく民間に紛れてのうのうと暮らしているであろうザ・ハントレスを、いかに見つけ追い詰めるのかがイアンの物語の鍵となっています。
こちらの展開もやはり、ハラハラドキドキさせてくれるのです。
ザ・ハントレスの顔を知る元飛行兵
三人目の主人公ニーナのパートは、他の二人のパートとは一線を画しています。
ジョーダンやイアンの物語は戦後ですが、ニーナの物語は戦前、しかも1920年代というかなり離れた時代から始まるのです。
舞台はロシアで、ニーナは子沢山の家に生まれ疎まれて育ちました。
生まれつき気性が荒くずば抜けた才能もあったため、魔女と恐れられ虐待を受けていたのです。
やがてニーナは村を飛び出し、ソ連の飛行兵になります。
ニーナにとって空は、持ち前のワイルドさと才能とを生かせる、打ってつけのフィールドでした。
そこに他の女性飛行士との友情や恋も加わり、このパートでは、ニーナの輝くような青春時代が生き生きと描かれています。
アクションあり、ロマンスあり、悲劇も喜劇もありで、読み応え抜群!
何よりニーナの、粗暴だけど逞しく、自由で堂々としているところがカッコいいです。
文句なしにこのパートが『亡国のハントレス』で一番の見どころでしょう。
物語が進むとニーナは、地獄のようなポーランド戦線で脱出に成功し、ザ・ハントレスから逃れた唯一の生存者となります。
そして戦後イアンの妻となり、ザ・ハントレスの顔を知る者として追跡に加わり、共にアメリカのボストンに向かうのです。
ここで主人公三人が一堂に会することになり、物語は怒涛のクライマックスへと向かいます。
ボリューム満点のエンターテイメント大作
『亡国のハントレス』は、第二次世界大戦前後を舞台とした歴史ミステリーですが、この物語にはミステリーという枠に収まりきらない魅力があります。
ジョーダンの日常における疑心や緊張感はサスペンス的ですし、イアンのザ・ハントレスへの妄執は、人生を賭けた復讐劇としてドキドキさせてくれます。
そしてニーナのパートは、青春物語や冒険活劇、戦争ドラマなど、実に色合いが豊かです。
これだけの要素が詰まっている上、ページ数も全部で約760ページとボリュームがあり、稀に見る秀逸なエンターテイメント大作と言えます。
また、物語に第二次世界大戦が大きく絡んできますが、小難しいウンチクはなく、歴史に詳しくない方でもサクサクと読むことができます。
むしろ詳しくない方がソ連の飛行兵やナチスの残党狩り、戦場のリアリズムなど、衝撃的な内容の数々に知的好奇心が刺激され、面白く読めそうです。
逆に詳しい方でも、作中に実在の人物が幾度も登場するので、やはり興味深く読めます。
さらに『亡国のハントレス』には、作者のケイト・クイン氏の別作品からも、ある人物がチラッと出張してきています。
出番はわずかですが、気付いた方は思わずニヤリとしてしまう、ニクい演出です。
こういった遊び心も、本書の魅力のひとつではないでしょうか。
とにかく、キラリと光る部分がとても多い『亡国のハントレス』。
あまりの分厚さに、手に取った瞬間、尻込みしてしまうかもしれませんが、正真正銘のページターナーであり、面白くて一気読みしてしまうこと請け合いです。
この壮大なドラマを、ぜひお楽しみください!