直木賞作家・佐藤究さんが世に放つ、比類なきダークな短編集。
表題作でもある第一話は、官僚が眠るカプセルと米軍基地に仕掛けられた爆発物の物語。
続いて、異なる動物を違法に掛け合わせる物語や、連続殺人鬼が描いたアートの物語。
そして奇書『ドグラ・マグラ』や実在する未解決事件「帝銀事件」の新解釈、etc…。
ここまで描いていいのかと思えるほど、きわどいテーマで心の闇を映し出す、狂気と戦慄の全8編!
中毒必至のダークな一冊
『爆発物処理班の遭遇したスピン』は、表題作含む全8編からなるミステリー短編集です。
それぞれの物語は、爆発物や化け物、ヤクザの指詰めや戦後の野犬狩りなど、ジャンルも方向性も全く異なっています。
でもいずれも「歪んだ心」がテーマとなっており、正気とは思えない展開が怒涛のように続きます。
とにかくダーク、ひたすらダーク、そして救いがない!
読んでいるこちらまで狂気の世界に引き込まれそうな、中毒性の高い一冊です。
どのような物語が詰まっているのか、ここでは8編全てご紹介します!
各話のあらすじや見どころ
『爆発物処理班の遭遇したスピン』
ホテルの酸素カプセルに爆発物を仕掛けたという連絡が入ります。
開けるとフロアごと吹き飛ぶらしいのですが、折り悪く、よりによって官僚が利用中。
さらに沖縄の米軍基地にまで同じ爆弾が設置されていることが判明し……。
ヤバい場所を狙って仕掛けられた爆弾に翻弄される、爆発物処理班の物語です。
冒頭でいきなり小学校の爆弾処理に失敗して惨事となり、次は絶対に成功させねばという班員たちの焦りが伝わってきます。
何しろ官僚と米軍ですからね、失敗したら日本は一体どうなるのか!?
量子力学の知識満載で、爆発のメカニズムや解除の試行錯誤が面白いです。
『ジェリーウォーカー』
あるCGクリエイターの物語。
彼は怪獣や化け物といったクリーチャーの造詣が得意なのですが、実は異なる動物を違法に掛け合わせ、誕生した生き物をヒントにしていたのでした。
ところがある日、その生物たちが脱走してしまい……!?
違法な掛け合わせという背徳感と、脱走時の惨状にハラハラドキドキ!
ぜひ映像で見てみたくなる作品です。
『シヴィル・ライツ』
あるヤクザがバイクを盗まれ、落とし前をつけることになりました。
その方法は、刀で指詰めをするか、鰐ガメに指を噛ませるかの二択。
前者の場合は確実に指が1本なくなり、後者の場合は指が助かる可能性がありますが、数本をまとめて失う危険もあります。
どちらを選ぶべきか――。
これまたスリリングな展開で、しかも途中から鰐ガメが想定外の使われ方をしてビックリ。
こんなのもう悪夢の領域です!
『猿人マグラ』
「読めば精神に異常をきたす」と言われている奇書『ドグラ・マグラ』のオマージュ作品。
都市伝説「猿人マグラ」について調べている過程で、九州帝国大学でかつて行われていたという実験に辿り着きます。
チンパンジーを使った実験とのことでしたが、実際は……?
精神鑑定や幼児の腐乱死体など、ダークな雰囲気が満ち満ちていて怖いです!
真相には心底ゾッとさせられます。
『スマイルヘッズ』
画廊を経営する裏で、連続殺人鬼が描いた絵を集めているコレクターがいました。
ある日彼は、有名な殺人鬼の作品を譲り受けるため持ち主宅に行くのですが、そこで恐ろしい体験をすることになり……。
こちらもかなり怖い物語で、ページをめくるたびにゾクゾクします。
実は「殺人鬼の作品」というものは本当にあり、高額取引されているらしいです。
ネットで検索できるので、閲覧してからこの作品を読むと、よりリアルな恐怖を味わえると思います。
ただし怖すぎるので、自己責任で……。
『ボイルド・オクトパス』
あるライターが、元刑事の現役時代について取材するために自宅に訪問します。
生活感がなくどこか不気味なその部屋で、ライターは元刑事からいきなり、あるものを食すように迫られて……。
緊迫感がたまらない作品です!
元刑事の凄みやライターの恐れがあまりにもリアルで、「作者が実際に体験したのでは?」と思えてしまうほど。
今後〇〇を食べるたび思い出してしまいそうなくらい、強烈なインパクトがありました。
『九三式』
終戦後の東京。
ある青年が、「江戸川乱歩全集」を買うために、日雇いで野犬駆除の仕事をします。
ところが現場に行くと、そこにいたのは野犬でなく……。
戦後の混乱期独特の、暗く怪しげなムードが漂う物語。
「帝銀事件」という実在の未解決事件が絡めてあり、よりリアリティを感じさせます。
途中でタイトルの意味が分かり、戦慄……!
『くぎ』
劣悪な家庭環境で育ち、16歳で少年鑑別所に収監された少年が、出所後にペンキ塗りの仕事をする物語です。
仕事先で落ちていたくぎを拾おうとしたところ、家人らしき男が奇妙な反応を見せました。
不審に思い、夜になってから様子を見に行くと…。
日本推理作家協会賞の短編部門で候補となった作品です。
やはりダークさたっぷりの展開ですが、他の7編と違って、こちらはどこか救いがある感じ。
主人公はワルですが、心根まではねじ曲がっておらず、更生を目指して足掻く様子に、読み手は胸を打たれます。
「佐藤究らしさ」が満載
作者の佐藤究さんといえば、ダークで暴力的な作風で知られる作家さんです。
代表作は『テスカトリポカ』で、麻薬や臓器の売買がかなりの高密度で描かれ、直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞したほど。
そして本書『爆発物処理班の遭遇したスピン』は、受賞後の第一作目です。
短編集なので、佐藤究さんのそれまでの濃ゆ~い長編作品を知る方は「え?」と面食らうかもしれません。
でも侮るなかれ、『爆発物処理班の遭遇したスピン』では短い一編一編に「佐藤究らしさ」が詰まっています。
ダークさはもちろん、激しさも鋭さも怖さも超ド級!
普通はいくらダークな物語でも、どこかにホッとする場面を入れていたりするものなのですがねぇ、でもこの作者ときたら……。
とにかく病みつきになりそうなくらい強烈な作品ですので、怖いもの好きな方はぜひご一読を!