澤村伊智『ばくうどの悪夢』- 夢と現実の境界が曖昧になり、恐怖に浸食されていく傑作ホラー

中学1年生の「僕」は、東京から父親の地元に引っ越してきた。

父の旧友たちは家族ぐるみで親しくしてくれたが、独特のヤンキーっぽい雰囲気に僕はなんとなく馴染めずにいた。

しかし僕には、もっと切実な悩みがあった。

血の匂いがする真っ黒い何かに襲われるという悪夢を、繰り返し繰り返し何度も見ているのだ。

ある日僕は、悪夢を見た後にはなぜか体に痣ができていることに気付いた。

夢のはずなのに、現実でも体が傷ついている。

ということは、もしも夢の中で殺されたら、現実の世界でも死んでしまうのだろうか。

さらに僕は、何人かのクラスメイトも同じ現象に悩まされていることを知る。

しかもその中の一人が不可解な死を遂げ、僕はますます怖くなる。

そして父からオカルトライターの野崎と真琴を紹介され、相談してみるが―。

比嘉姉妹シリーズ、待望の第6弾!

目次

いきなりのグロ展開にゾクゾク

『ばくうどの悪夢』は、巫女である琴子と真琴の姉妹を中心に描いたホラー小説「比嘉姉妹シリーズ」の第6弾です。

長編としては4作目にあたり、なんと5年ぶりに刊行された上、総ページ数は約480とシリーズ中で最高。

さらにボリュームが多い分登場人物も多く、真琴や琴子以外の比嘉家の面々まで出てくるという、内容も盛りだくさんな一冊です。

ファンなら飛びつかずにはいられない!

物語としては、まずは産婦人科で男が牛刀を振り回して妊婦さんや赤ちゃんを何人も殺して回るシーンから始まります。

胎児のいるお腹を刺したり、生まれたばかりの赤ちゃんの頭を踏みつぶしたりと、かなり凄惨な虐殺シーンですので、グロ苦手な方は要注意!

しかも途中から、殺された妊婦や赤ちゃんたちが血まみれで笑い出すというホラーシーンになり、もう不気味すぎて、実際に笑い声が聞こえてきそうで、読みながらゾクゾク!

とにかく恐怖のインパクト絶大な冒頭ですので、お覚悟を。

どこまでが夢で、どこからが現実?

その後物語は、唐突に中学校1年生の「僕」こと片桐のパートに入ります。

こちらでは片桐が悪夢に悩まされる日常が描かれているのですが、これまた怖くて、冒頭とは違ったスリル感!

なにせ悪夢と現実とが微妙にリンクしていて、悪夢を見ると体が実際に傷つく上、同じ現象に悩むクラスメイトが死んでしまうのです。

「次は自分かも」と思うと落ち着いて眠れませんし、日中も不安でたまらず、ずっとビクビク。

ここで比嘉姉妹シリーズのヒロイン真琴が登場し、片桐にお守りを渡すことで、片桐は悪夢を見なくなります。

でも今度は、違う悪夢を見始めるのです。

全身真っ黒の女に襲われ、どこまでも追いかけられるという悪夢。

そしてその女は、こう名乗ります、自分は「比嘉琴子」であると―。

ここで読者は、「え?琴子って、あの琴子?」とギョッとするはずです。

だって琴子と言えば、比嘉家の中でもとりわけ能力が強くて、とても頼りになるカッコいいお姉さんです。

それがなぜ悪夢になって中1の男の子を追いかけまわすのか。

その答えは、すぐにわかります。

またしても唐突に場面が変わり、そこに『現実世界の登場人物一覧』が挟まれるからです。

つまり悪夢の琴子を含め、ここまでの展開は「現実世界」ではなかったということですね。

そしてここから、本筋である真の『ばくうどの悪夢』が始まるのです。

寝ても恐怖、起きても恐怖

さて、今作で登場する怪異は、タイトル通り「ばくうど」です。

「ばく」というと、人の夢を食べる幻獣として知られていますが、「ばくうど」もやはり夢に関わる怪異。

この「夢」の描き方がとにかく秀逸で、現実と絶妙に入り乱れるため、どちらが夢なのかわからなくなってきます。

寝ても恐怖、起きても恐怖で、どこへ行っても安心できる場所がなく、不安と絶望の渦に翻弄され続けるのですよ。

やがて、眠ったら死ぬかもしれないから、眠りたくない。でも現実も辛いから、夢で死ねるのなら、いっそ眠りたい。

このように、「起きる」ことだけでなく「生きる」ことにも否定的になっていきます。

しかも恐ろしいことに、ただの悪夢ならまだしも、「幸せな悪夢」まで見させられます。

その夢はとても心地よく、だからこそ見た者は、「もう起きなくてもいい」、つまり「現実の世界で生きたくない」という思考に追い込まれるのです。

怖い、人を間接的に死に誘導する怪異、怖い!

さあ、この「ばくうど」に比嘉姉妹はどう対抗していくのか。

あまりにも強力な怪異であり、さすがの琴子もピンチに陥ります。

そして助けようとする真琴も、未だかつてなかった危機的状況に追いやられることに……。

さらに冒頭の産婦人科での虐殺シーンが持つ意味、謎めいた看護師の出現などなど、気になる要素がてんこもり!

最後の最後まで、ノンストップでドキドキ楽しめます。

劣等感から生まれた歪みと狂気

「比嘉姉妹シリーズ」は、単に怪異の怖さを描くだけでなく、人が持つ闇もしっかり描き込んでいるところが特徴です。

作者の澤村伊智さんはそこが抜群に上手。

人の心の闇には様々な種類がありますが、今作メインで出てくるのは「劣等感から生まれた歪んだ価値観」です。

極端な歪みは一種の狂気であり、常人には計り知れない恐ろしさがあります。

とはいえ発端は劣等感であり、これは誰もが多かれ少なかれ持っている感情ですから、そのリアリティが怪異よりも恐怖を感じさせるのです。

もちろん怪異の怖さもハンパなく、それはもう厭らしく、生理的な気味悪さ全開で描かれていますよ。

ということで、シリーズ第6弾『ばくうどの悪夢』は、背筋をゾワゾワさせながら本を読みたい方にはうってつけの作品です。

しかもこの物語、ある重要な部分をあえて解決させないまま終幕となるので、後を引くのなんのって!

読めば必ず心にドロドロしたものが残ります、この先の展開が気になって仕方なくなります。

それも覚悟した上で、ぜひ読んでみてください!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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