酔っ払って酒屋の店員を殴り、警察に連行されたスズキタゴサク49歳。
メタボ体型で無精ひげの冴えない中年男だが、取り調べの最中、唐突に奇妙なことを言い出した。
「わたし、霊感には自信がありまして。十時に秋葉原で何かありますよ」
スズキの言う通りになった。秋葉原でビルが爆発して、複数の負傷者が出たのだ。
スズキはさらに、一時間後の東京ドーム付近での爆発も予言して見せた。
警察は、これは霊感などではなく、スズキこそが連続爆破事件の犯人だと見て取り、次の爆発地点を聞き出そうとする。
しかしスズキはのらりくらりとかわし、場所のヒントをクイズのように謎めいた形でしか出してこない。
果たして警察は、クイズを解いて爆発を未然に防ぐことができるのか?
そして爆弾魔の正体と目的は?
爆発を予言する男と警察の、前代未聞の心理戦が始まる!
絶妙な小出しヒントに振り回される
『爆弾』は、都内のあちこちで起こる連続爆発事件を描いたタイムリミット・サスペンスです。
面白いのがスズキタゴサクと名乗る中年男で、彼は爆発がいつどこで起こるかを知っており、情報を警察に対して小出しにします。
小出しと言っても少しずつ提供するわけではなく、何気ないお喋りの中にヒントとなるワードを巧みに織り交ぜてくるのです。
それらをうまく繋げると爆破時刻や場所の特定が可能になるのですが、このクイズ的なヒントの出し方が絶妙!
たとえばスズキが「テレビやラジオの刺激が欲しい」と言い出し、刑事が拒否すると今度は「プロ野球ニュースが楽しみ」と言い、それでも刑事がスルーしていると、東京ドーム付近で爆破が起こってしまうといった具合です。
「刺激が欲しい」と要求を口にしているだけのように見えて、実は爆発地点である東京ドームをさりげなく匂わせていたわけですね。
そして爆発後、スズキは唇を尖らせて言い放つのです、「だから言ったのに」と。
このように、スズキの言葉のどこに重要ワードが潜んでいるかわからないので、警察はもちろん読者も振り回されます。
ヒントを見つけ出すには目を皿のようにして文字を追わねばならず、そこが抜群に面白い!
クイズと言うよりパズルに近い感覚であり、注意力と思考力をめいいっぱい働かせながら楽しめます。
そして、ヒントに翻弄される警察の様子がまた、たまらなくスリリング。
「場所を特定できた!」と思って爆弾処理のために現場に駆け付けても、不発だったり爆発が起こってしまったりで、なかなか未然に防ぐことができません。
次々に爆破が起こり、死傷者が増え、警察側はどんどん焦り、追い詰められていきます。
そのストレスフルな様子が、同じくヒントを追う側である読者とリンクして、物語を一層ハラハラと楽しませてくれます。
命に順番をつけるのは悪か?
『爆弾』の物語の裏側には、実は壮大なテーマが隠されています。
「命の尊さにおける順番」というテーマで、これは簡単に言うと、「大切な人と無関係な人とがそれぞれ窮地に陥っていた場合、前者を優先して助けるのは悪だろうか?」という、一種のジレンマ的な問題です。
誰だって大切な人を本能的に助けようとしますし、これを優劣というのであれば、被害者を真っ先に救おうとする警察官も優劣をつけていることになります。
そして命を優先度の高い順に救っていく場合、状況的に救えない命が出てくることがあります。
仕方のないことではありますが、これは突き詰めて考えると「自分と関係の薄い人間なら死んでもかまわない」ということになります。
だからスズキは「爆弾処理が間に合わずに誰かが死んでも別に気にしない」と言わんばかりの態度で、ヒントを小出しにするのです。
このスズキの哲学は一見エゴのようですが、『爆弾』を読んでいると誰しも大なり小なり持っていることに気付かされます。
我々は基本的には「命は平等」と認識しているものの、実際には優劣や順番を付けて生活している部分が多々あります。
この無自覚のエゴや腹黒さを、『爆弾』は読者に辛辣に訴えてくる作品であり、その点からも読み応えがあると言えます。
日本最大級のミステリーランキングをダブル受賞
『爆弾』の作者・呉勝浩さんは、2015年に第61回江戸川乱歩賞を受賞してデビューした作家さんです。
センセーショナルな事件や、読む人をハッとさせるような深く鋭いストーリー展開とが高く評価されています。
本書『爆弾』も都内で次々に爆発が起こるという大胆な展開と、スズキと警察との緊迫感ある心理戦とが読み手をグイグイと惹きつけます。
そのため『爆弾』は、第167回直木賞の候補作に選ばれました。
さらに2023年版の「このミステリーがすごい!」と「ミステリが読みたい!」の両方で、堂々の第1位を獲得!
どちらも日本で最大級のミステリーランキングであり、あまたのライバル作品を超えてダブル受賞するのは相当に見事なことですよね。
個人的には、スズキのキャラクター性に非常に興味を持ちました。
スズキは貧乏くさく、卑屈で情けない印象の中年男ですが、その実自分以外の全ての人を見下しているような高慢な部分が見え隠れしています。
見下すだけあって、彼はその態度とは裏腹に非常に頭が良く、巧みなトークで刑事たちを手の平で転がし続けます。
一見愚鈍だからこそ、その冴えが不気味で、気になって目が離せないのです。
彼の目的や事件の真相は、終盤になって明かされます。
ただしそこで物語は終わりではなく、最後の最後に恐ろしい衝撃が待っていますので、読み終えるまで油断は禁物!
ラストの一文にきっと身震いさせられるでしょう。

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